「帰ってきたら僕の仲間になったポケモンの背に乗ってイッシュを上から見にいこう」

わたしの家のおとなりに住む年下の男の子はそう言ってたしかにわらった。ふたつ年が下なくせしていつも生意気で意地がわるい。トウコちゃんやベルちゃんにはやさしいのに、わたしにはちっともやさしくなんてない。チェレンくんにはちょっぴりやさしい。木の実がたっぷり入ったパイをつくったらどこから嗅ぎつけたのかやって来て、それをぺろりとたべてしまうし(だからわたしのつくったパイをたべたことがあるのはトウヤくんだけ)、感動する映画だとかドラマを見て泣いてると髪の毛をひっぱられる(それも結構なつよさで)。あんなに意地悪で、それでもわたしのつくったパイをあんなにおいしそうにほおばってくれる男の子ははじめてだった。

「トウヤくん!??」

テレビに向かっておもわず叫ぶととなりでうとうとしていたお母さんのエルフーンがぴょんと跳ねあがった。ごめんねの気もちをこめてあたまをなでるとまたうとうとしはじめたエルフーンをよそに、わたしの目ふたつは見事にテレビ画面に釘づけになる。あのてるてる坊主みたいなひとが巷でうわさのプラズマ団なんだろうか。…こんなトウヤくん、はじめて見た。わたしなんかにはなまえもよくわからないポケモンに指示をとばして、そのポケモンはひらりと相手の攻撃を避けてはトウヤくんの指示どおりに攻撃をする。凛とした表情でまっすぐにバトルの相手だけをトウヤくんは見つめてる。

「(いつ帰ってくるの?)」

パイをぜんぶたべてしまったってかまわないの。あんなに意地悪で生意気なのに会いたくてたまらないよ。






「ただいまあ!」

…ぶんぶんとちぎれそうなくらいに手を振ってベルちゃんが走ってきたのをぎうと抱きしめるのはわたしの役目と、ずいぶん前に決めた。そのうしろから困ったようにわらってやってくるチェレンくんとトウコちゃんもぎうぎう抱きしめてやった。苦しくっても恥ずかしくっても離れてなんかやらない。お姉さんぶって3人まるごとぎゅうぎゅう抱きしめてみる。

「ちゃんといいこで待ってろよな」

ひとり足りなくってもいいんじゃないの?意地悪で生意気な年下の男の子なんて。ちっともやさしさは顔を出してくれないし。…そんなやさしさをまだ見せてもらってないわたしはポケモンとのすてきな旅に出ることを過保護なお母さん+トウヤくんに許してもらえなくてオーブンの前にしゃがみこみ、両手にミトンをはめてオーブンのなかでくるくるとまわるパイを眺めるまいにちである。トウヤくんはわたしより年下なくせして、わたしより大人びていてときどきわたしをちっちゃな子どもみたいにあつかう。いいこで待ってるって、どうすればいいの?

「あの、トウヤくんは…?」
「トウヤは、その…Nを探してるの」
「エヌ?」

アルファベットの14番目ということしか思い浮かべることができないあたまのなかを、なぜだか木の実パイとトウヤくんと英字がばらばらに跳ねまわる。ちょっと、おとなしくしてちょうだい。たしなめる代わりにベルちゃんの曲がってた帽子を直してあげるとやっぱりうれしそうにわらった。わたしはなんだか、さみしくなった。






例にもれずきょうもふたつの手をミトンで覆ってオーブンのなかで橙のスポットライトにあたってくるくるとまわるパイを眺める。あの3人組が帰ってきてから1か月とちょっと、エルフーンがお母さんにブラッシングをしてもらっているとき。玄関のチャイムが鳴った。ちょうどオーブンはチンと焼き上がりを知らせた。びりびりと、なにかの予感。ミトンも外さないでおっかなびっくりで玄関に向かう。とびらを開いた先にいたのはやっぱり、

「いいこで待ってた?」

ひさしぶりに会ってひとこと目がそれって、どうなの?とりあえず頷いてみたけれどこれじゃあわたし、ほんとうに親を待ってたちいさな子どもみたい。年下はどっちなんだか。「それ付けっぱなしだけど」そんなに僕に会いたかったんだ?ってトウヤくんはミトンをちらりと見てくすくすわらった。あつくなったほっぺたをごまかすためにキッとにらんでみたけれど、効果はいまいちのようだ…

「その、え、エヌさんは見つかったの?」
「トウコたちに聞いたのか?」
「うん」
「…Nとはちゃんと話したよ」
「そうなんだ?」
「なんだよそれ」

ほっぺたをつねられておもわず眉と眉のあいだにしわを寄せると、トウヤくんはおもちゃを見つけたって顔をする。いつもならそんな表情を見たらとたんに縮みあがるわたしだけれど、きょうのわたしはひとあじちがった。聞きたいことが山ほどあって、言いたいことだってうんとある。チャンピオンになるんじゃないのとか、仲間になったポケモンのこととか たべてみたくってたまらないヒウンアイスはどんなだったとか、とにかくいっぱい。ぺったんこな胸をむんと張って意気込んでみたりする。

「それじゃあ行くか」
「へっ?ひょひょひ?」
「なに言ってんのかわからないよ」

トウヤくんったらいい性格ですこと!さっきの決意はどこへやら、とにかくほっぺたをつまむ細長くて骨っぽい指が憎たらしい。…そんなこともトウヤくんが大人びたえがおで、いつの間にかほっぺたにあった手をわたしの手へと降ろしていたことで宇宙のはしっこにでも飛んでいってしまったのだけど。あたたかい手につかまれたわたしの手は、ミトンに包まれていたはずなのに。トウヤくんはそんなことをちっとも気にしてない様子でわらう、「約束わすれた?」。あたまのなかの上等な引き出しがひとつ、ぱちんと音を立てて開いた。パイ焼いたんだよとかミトンはどこ?なんてことばは代わりに詰めておく。「これでもかってくらいに覚えてる」大事に大事にたいせつに、ほどけてしまわないように覚えていたことばだもの。手をひっぱられながら浮くような足どりで玄関を出たら、トウヤくんはあのときとおんなじように、「よくできました」ってわらった。その表情があんまりにもやさしくて鼻の奥がツンとした。いつも生意気で意地悪でいつの間にかほんのちょっぴりやさしさが混じってるような男の子、そんな君だからきらいになんてなれないよ。…とたんにぐずり出しそうなる目じりに、トウヤくんたらわたしの髪の毛をひっぱってにいとわらう。

「泣くくらい僕のこと待っててくれたんだ」
「!!?!」
「ちがうわけ?」
「ち、ちがくない…です…」
「そ」

したり顔でわたしの顔をのぞいたあとに、ひとつのボールをトウヤくんは宙へ放った。するどい咆哮とともに現れた一体のおおきなポケモンにおもわず目がまんまるになる。口があんぐり開いたまま閉まらない。腰まで抜けそう。

「えっなっ、なに…?!」
「ゼクロム」
「へっ!?」
「伝説のポケモン」
「!??」

ポケモン初心者のわたしにだってよくわかる。この真っ黒けのポケモンはものすごいポケモンで、そんな子を率いているトウヤくんはもっとすごいんだってこと。目からウロコどころじゃなくて、目からバスラオいっぴき並みのこと。おとなりの家の年下の男の子は伝説のポケモンを仲間にしてしまうくらい、とんでもない男の子だったんだ。それはもしかしたら意地悪で生意気で当然かもと思わせてしまうほど。「わっ!?」「マヌケな顔してないではやく行くぞ、ひとが集まってきたら厄介だし」…年上の威厳がまったく見当たらない。ずるずる引きずられるように手をひっぱられて、「乗って」とトウヤくんがひとこと。

「どこに?」
「すきなところ」
「……」
「はやく」
「はいいますぐに!!」

なんとかかんとかよじ登るとゼクロムさん(伝説のポケモンにはやっぱり敬意を払うべき?)がすこし身じろいだ気がした。おもわず背筋がぴんとして そんなわたしのすぐうしろにトウヤくんは座るとまた背筋がぴんとのびる。それからお腹になにかが触れた。これはトウヤくんの、手だ。「!!?」「ゼクロム、そらをとぶ」地を蹴ったゼクロムさんが一気に高度を上げて、いままでいたカノコタウンはどんどんちいさくなっていく。はばたく音と真っ青にまっさらになる世界。お腹にまわされた手にほっぺたをあつくしつつ 地面に足がついていないことにめまいがしそうな、それでも踏んばってまっすぐ前を見るわたしへの追い討ちはふいに肩に乗ったトウヤくんの顎。ちょうどうしろからぎゅうと抱きしめられたよう。髪越しの耳に触れるトウヤくんのほっぺたに、ふくらむパンケーキみたいにきゅうと心臓は爆発しそう。

「あ、あああのトウヤくん」
「ん?ていうか、まず帰ってきた僕にいちばんに言うことあるんじゃないの」
「えっ」

耳もとでの声にうろたえながら必死であたまのなかの引き出しやらクローゼットやらをどったんばったん開いてみる。ちいさく見えるなまえも知らない街と森と遠くの海、それから真っ黒の背中に目を向けてすぐうしろのトウヤくんのことを思った。意地悪で生意気な、そんな年下の男の子。君はときどきお得意なあのしたり顔を見せて、ずっとわらってくれますように。そうっとお腹にまわる手にじぶんの手を重ねてみる。待ちぼうけしてたオーブンのなかのパイも、ふたつのミトンもきっとおんなじこと言うんだろう。

「おかえりなさいトウヤくん」
「ん、ただいま」

よせられた頬は降る光にまばゆくかがやくようにほころんだ。




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