橙色を惜しげもなく見せつける空に、なんだかそっぽ向きたくなった。制服のポケットに手をつっこむ、リップクリームに携帯それから飴…これたべてたら味変わるんだぜって得意気にわらってた晴矢に今朝もらった飴を口に放りこんだ。きょうのお夕飯はなにがいいかしら。きのうはヒロトと風介がつくったオムライスだったし、その前の日はハンバーグ。お夕飯でうんうん悩んでる、まるでどこかの奥さんみたいよ。ポケットのなかでぶるぶる震えた携帯に呼ばれて手をのばす。

「どうしたの?」
『カレー食いたい』

晴矢練習はじまるよ、はやくしろ、電話の向こうでヒロトと風介の声がする。休憩中に電話してくるなんてよっぽどたべたいの?すこしだけわらってしまった。「わかった、カレーにする」『おっしゃ、がんばる』君はあの八重歯みせてわらってるんだろう、うんとたくさんカレーつくって待ってるから もうお腹減って動けない!って倒れちゃうくらい走っておいでね。君のつま先が向かう方向はグラウンド、わたしのつま先の目指す先はスーパーに決まった。






ショッピングカートを押して歩く。そのあいだ、絶えずあたまはレシピを思いうかべたままに。コックさんって、こんな気もちなのかも。じゃがいも、じゃがいも、にんじんは冷蔵庫にあった、玉ねぎ、も冷蔵庫にあった、お肉…チョコレート、チョコレートたべたい。お肉売り場のおとなり お菓子コーナーにずるずる引き寄せられる。お菓子って、なんとまあ不思議な魔力を持ってることかしら!ちびっこに混ざって真剣な顔してるわたしには、お菓子はひとつまでって口を尖らすお母さんはいないから ひとりもんもんと抹茶のチョコレートかいちごのチョコレートかで悩んだりする。

「そんなんばっか食ってるから太るんだよ」
「!、晴矢」

…いた、お母さんみたいに口を尖らすわけじゃあないけれど にっと八重歯みせて、ついでに女の子顔負けを誇るきれいなお顔はチョコレートに伸ばす手を止まらせる。それなのにきっとこいつはお菓子たくさんたべても サッカーをやってあちこち走りまわってぜんぶなかったことになるんだろう。うらやましい。

「部活は?」
「なんかあのあとすぐ終わった」
「へえ、よかったね」
「まあな、でももうすこしやりたかった。あー腹減った!」
「寄り道しないで帰ってなにかたべてればよかったのに」
「寄りたい気ぶんだったんだよ。ほらはやく帰ろうぜ」

右手に抹茶、左手にいちごのチョコレートを持って見比べること30秒。はやく帰りたい晴矢からの視線がフォークみたいなするどさで背中にちくちく刺さる。「はーやーくー」ついには痺れを切らしてわたしの手元をのぞきこんできた晴矢の顔のなんとまあほっそりしていること!…やっぱりチョコレートやめよう。うしろ髪を引かれながらショッピングカートを押してまたあたまのなかをコックさんにする。牛乳も買っておいた方がいいし、あとはたまごも。もしかしたらパンも?考えているといつの間にか伸びてきた手がショッピングカートを押していた。

「(こういうところが、女の子を引きつける秘密?)」

おおざっぱに見えて案外しゃんとしてるところだとか さりげないやさしさだとか。もちろん高いお肉を買いものかごに入れようとした手はきちんとはたいておく。代わりにとなりにちょこんと並んでいたお安いお肉を買いものかごに入れた。

「ケチ」
「だめなものはだめ」
「そんじゃあアイスな」

言うなり晴矢はにいっと八重歯見せてわらってアイスを持ってきた。この子どもっぽいえがおも、女の子をりんごほっぺにさせる秘密のひとつにちがいない。ばらばらなあたらしい音をまわりに浮かばせて、それをちょっとつつきたくさせるかんじ。罪つくりな男ですこと!…その本人はのんきに鼻歌まじりでショッピングカートを押している。そんな男の子の背中を眺めながらうしろを歩くわたし おしりからしっぽを生やしてたらきっと君の鼻歌に合わせてゆらゆら揺らしてる。

「(わたしも音符をつついてみたくなったひとりだものね)ぶっ!??」
「あっわり」
「鼻が低くなった気がする…」
「そんなことより、ほら財布貸せって」
「(そんなこと!?)」

レジのおばさんの視線がこわかったのでおとなしく瞳子ねえに持たされたがま口のお財布を晴矢に渡すと、たちまちおばさんはにっこりえがおになった。このおばさんは(わたしのなかで)イケメンにやさしいことで有名である。ぎゅっと目をつりあげて(イメージは怒ったときの風介)みたけれどおばさんは目の前の晴矢に夢中でわたしのにらむ攻撃には気づいていないようである。

「おい?いくぞ」
「あ、うん」

ビニール袋に買ったものすべてを詰めこんでスーパーから出ると遠くの空はすみれ色になりはじめていて、おまけに一番星がひとつ。

「(あれ?)」

そうっと晴矢が持っているビニール袋を見てみると、牛乳やらが入っているおおきな袋ふたつを持っていた。わたしのと言えばおまえはこっちと渡された お肉だとかが入った比較的に軽い袋。…いつの間にこんなかっこよくなったの?気がつけばショッピングカートは押してくれているし、いまだって車道側を歩いている。ここは英国じゃないのにとなりにいる男の子はとんでもない英国紳士に成長したみたいだなあ。もっとも英国紳士はこんなふうに制服のシャツを袖まくりしたりしないんだろうけど。おまけに鼻歌まで口ずさんでるんだもの。ちらりと見た晴矢のおしりからはたのしげに揺れるしっぽが見えた気がして、おもわずまばたきを2回くりかえす。

「はやくメシ食いたい」
「それじゃあ晴矢も手伝ってよ」
「野菜切るくらいならいいぜ」
「えー…晴矢が切ったらみんな微塵切りになるじゃん」
「ンなもん大差ねーだろ」

口をとがらせた晴矢はやっぱりまだまだ英国紳士とはいかないみたいだ。そんな顔をする君の歩くのとおんなじ速さでしっぽを揺らしてみたいよ。そのためにまずすみれ色を惜しげもなく見せつける空にぱちんとウィンクをひとつ。一番星のした、そうっととなりにある手をつかんでみる。やんわりからんだ指と指どうし あなたとわたしおとなりどうし。つなぎ返された手はきっと、失われない。





銀河の片隅で手を繋ごう
march 22 ▼ 2012

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