「それじゃあ、解散」

チーム・ユニコーンの最後の夜。あしたはライオコット島から帰る日。みんなで夜更かしをして、うんとごちそう食べてわらった。お子さま用のシャンパンを飲んでおとなの気ぶんになってみたりした。ぜったいに眠ってなんかやらないっておもった。だってきょうは、ねえ、最後の夜なんだよ。…それでもとろとろしはじめた目に、うちの自慢のキャプテンはお気づきのご様子。かかった合図とやわらかいその声 ふたつをパンケーキのうえ歩いてるみたいにふわふわ浮遊していそうなあたまのなかに、しっかりしっかりインプット。五つ星シェフがテレビで披露していた いちじくと栗のコンフィチュール のつくりかたレシピよりつよくつよくインプット。我らがキャプテンのことばですもの!

「ほら、おまえもだ」

マークのことばにやんわりと背中を押され、みんなが出ていったドアをゆっくり開く。いちばん最後にのこるマークはあのあたたかい暖炉のまえの、木苺みたいな色したぜいたくなソファにしずみこんで、チーム・ユニコーンのキャプテンである夜を過ごしたりするの?ちょっと聞いてみたくなる。ついでにうしろを向いてふわふわした気ぶんのままわらう。

「おやすみなさい、マーク」

ふやけてしまいそうになる、ちいさなえくぼ付きのマークの笑顔とことばが返ってきた。まるで真珠と星のパウダーでもぶちまけたよう。ちょっとめまい。

「ああ。おやすみつぐみ、いい夢を」






コン、ぼんやりとランプのともしびが揺れていた 海の深くを泳ぐようにたゆたうように。コンコン、じつは海月をノックするとこんな音がする?「つぐみ」珊瑚のステレオからはマークの声?「……マー…ク、?」キイと深海魚の鳴き声?「わるいな、起こしてしまって」「……うつぼ…」わたしとはなしているのはいったい?ランプのともしびできらきらの、金糸?シーラカンス?海の深くを泳いでいるよ。

「(…ウツボ?寝ぼけてるな…)あー…つぐみ?」
「…?……!!、マーク!??」

ジーザス!寝ぼけてたわたし はずかしい。
夜中だから、静かにな って君が苦笑して口にあてた人差し指がかわいらしくて、ほんのちょっと憎たらしい。あわてて髪の毛を手で整えたり、パジャマの襟もとをただしてみたりするけれどそんなこと、マークの手がぱたりとわたしの手をくるんだだけで どこか遠くへ飛んでいってしまった。

「すこし、散歩に付き合ってくれないか」

うなづかないわけがない。素直なあたまはすぐ縦に動いた。真夜中の散歩 さすがにかっこいいひとは考えることがちがう。わたしだったら真夜中の探検になってしまうものね。とんちんかんなことを考えてたら、マークに手をひっぱられて立ちあがる。ランプの灯がきらきら揺らすマークの瞳はなんだか、海の底に隠された宇宙みたいだよ。…掴んでくれた君の手を、ぎうっと握りかえすなんてそんなの おこがましい?ためらいがちにすこしだけ やわらかく握りかえした手はあったかくて わたしなんかよりずっとすらりとしてて、それでも男の子なんだってぞんぶんに見せつけるようにおおきくて角ばっていた。これだけでほんとうにもうわたし、足が地面から3cm浮いてるような気ぶん。

「夜に散歩するのはじめて!」
「はは、たのしみか?」
「とっても」
「ならよかった」

マークはほほ笑んでドアを開いた。先に広がるのは夜の帳が降りたくらい廊下 まるでビロードのカーテンのよう。ふたりぶんの足音を鳴らしてどこまでも歩きたい。となりじゃなくたっていいんだよ。うしろだってかまわない。もっともっと!だれよりつよくなって世界のいちばん上をとる ってまっすぐ前を見つめる君のうしろで、テーピングだとか栄養いっぱいのあったかいごはん用意して待っているよ。








「走ると転ぶぞ」
「だい!じょう!ぶ!」
「あんまり遠くへ行くなよ」

夜の海は見たこともない顔を見せてた。真っ暗けの海で魚がジャンプして 真夜中の空は宇宙まるごと手にいれたように月と星がある。おもわず走りだしたくなったつま先は、マークからのお声がかかってUターン。

「着ておくといい」

あたまから被せられたのは、まぎれもないマークの着てたパーカーだった。ほら、君ってこんなことするから 心臓あたりがポンとおかしな方向にとび跳ねた。もぞもぞあたまをだせば目の前のマークはしたり顔、わたし
ちょっとほてり顔。遠くでぱしゃんと魚が跳ねる。

「あの、ありがとう」
「いや それは俺のセリフだ」
「?…どうして?」
「あのな、あー…」

パーカーをあたまからかぶったまますこし上にある男の子の顔を見つめてみる。「わっ」「そのままで、聞いてくれ」下にぐっとパーカーをおろされて目の前は真っ暗でなんにも見えない。「マーク?」両方の手をきゅっとにぎられて布地のなかでまばたき2回。だめだよいいこにしててよ心臓 こんなんじゃスポンジケーキみたいに膨らんで爆発してしまいそうだよ。

「つぐみ、俺たちユニコーンのマネージャーをやってくれてありがとう」
「……ま、マーク」
「最後まで聞いてほしい」
「…うん」
「男たちのなかで女ひとりで、いつも俺たちの応援をしてくれてありがとう。おいしいご飯をつくってくれてありがとう。泥まみれで汗まみれのユニフォームを洗ってくれてありがとう。怪我の手当てをありがとう。練習がつらいと思うときもあった、俺がキャプテンで本当にいいのかと思うときもあった それでもおまえがいつもお疲れさまって、だいじょうぶってわらって背中を押してくれた いつでもユニコーンをいちばんに支えてくれた。ありがとう、つぐみ」

ちょっと待ってよわたしのなみだ まだこぼれないでいて。マークのパーカーが濡れちゃうんだよ。下を向くと砂浜の上で向かい合わせの君の靴とわたしの靴。そこにぽつりぽつり小さなプール。ほっぺたをぼろぼろ落ちてくなみだが金平糖だったらよかったのに。目の前でほほえんでるだろう男の子のパーカーを濡らすこともなかったのに。…ゆっくり伸びてきたながい指がわたしのほっぺたをなでてなみだを拭った。

「つぎのFFIはかならず俺たちが勝ってみせる。だからそのときも おまえにいてほしい」
「!」

ねえまだそばにいてもいいの?そんなの、世界のいちばん上も通りこして 宇宙のてっぺんまででも目指せるよ。…わたしのほっぺたにあったマークの手がゆっくり離れていった。それがまるで合図みたいにおそるおそるパーカーを上げる。遠いどこかの国の森みたいなエメラルドの瞳は真夜中の月と星の下でそっぽ向いてた。それからはずかしそうにこっちを向く。

「なんかはずかしいな」
「ありがとう、マーク」
「…こちらこそ。それから、」
「?」
「これからもよろしく頼む」
「…もちろんですキャプテン!」
「はは、頼もしいな」



真夜中のことばはまるで呪文みたいにただかがやいて
君は魔法使いみたいに秘密の呪文を操って
わたしの頬はしあわせを映し
午前1時 海で魚がぱしゃんと跳ねた





すくいたいスプーン1ぱいの正体

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