みんながぐっすり眠りこんでいる真夜中 うつくしいものを探す探険にでた。目的地はこの宿の屋根のうえである。もちものは もこもこあったかい軽い とマネージャー組のあいだで定評のある毛布ひとつ。屋根までたどり着くためのはしごを登れるように、マントのようにじぶんに纏わせ首のところでリボンのかたちに結んだ。鬼道くんスタイルのできあがり!これでわたしも鬼道くんのようなあたまのよさが手に入れられるかもしれない… 「ぶふっ」 「!!? えっ」 「あっ …ええと、鬼道くんのまね?」 「う、うーん、あのう…」 ちょうどうしろを向いた先にいたのは、たのしいおもちゃを見つけたこどもみたいな顔した吹雪くんだった。 「へえ、はしご」 「うん、はしご」 それはちょうどみんなの洗濯物をかごに山ほど入れて歩いていたときである。宿福の屋根につづくはしごは誰にも見つからないよう息をひそめてひっそりと わたしの目にはまるで宝石へつながるひみつの地図に似て映った。それとこころの真ん中で ぱちぱち?ふわふわ?いやしゅわしゅわ?泡立つようなわくわくした気ぶん。…それにしてもおなじ部屋の秋ちゃんを起こしてしまわないようこっそり出てきたのに まさか吹雪くんに見つかってしまうとは! 「吹雪くんはこんな夜中にどうしたの?」 「つぐみちゃんが今夜あたりなにかしでかすかなって思って」 「吹雪くんは超能力でも使えるの…?」 「ふふ、まさか。なんだか眠れなくて食堂で水でも飲もうと思って歩いてたらつぐみちゃんがいたから」 となりではなも恥じらうようにほほ笑んでい吹雪くんなら、なにかとくべつな能力も持っていそう。はたまた魔法が使えたり?ながくて真っ黒のガウンを羽織って呪文をとなえるための杖をかざして目もとがとろけるようなウィンク。…これは勝てる気がしない。もしかしたら吹雪くんはそのかわいさかっこよさと またその内側に隠れたつよさで世界征服まででもできるんじゃ?なんてね。王冠を落っことしそうにあたまに乗せてほほ笑む君よりフィールドを走りまわっておいしいよってご飯をうんとたべる君がいい。 「あれ、ここ?」 「うん」 「たのしみだな」 「はやく登ろう!」 「それじゃあ僕が先に登って危なくないかどうか確かめるね」 まさかそんな、たいせつな選手なんですから!もしもはしごのネジがひとつ外れていたりなんかしたら?…なんておそろしい!必死にわたしが先に行く吹雪くんにそんなことをさせられないここは探検隊隊長が行くべきもしも吹雪くんが怪我でもしたらわたし切腹吹雪くんはひとりしかいないんだから!とすくないボキャブラリーを総動員してせわしなく口を動かしたところ、返ってきたのは「女の子にそんなことさせられないし、つぐみちゃんだってひとりしかいないよ?怪我だってしてもらいたくないんだ」。吹雪くんが目をぱちくりさせて首をかしげながら言ったそのことばに、そのつぎ目をぱちくりさせたのはわたしの方だった。それから生姜がたんと入ったあたたかいミルクティーをまるまる飲んだみたいにあつくなるほっぺた。この魔法使いったら、とんでもない呪文を知ってる! 「あ、だいじょうぶみたい」 「もう登っちゃったの!?」 「うん。ほら、おいで」 屋根の上から手を差しだしてくれた吹雪くんはほんとうにどこまでも、すてきな男の子。わたしにこうしてくれることだってとってももったいないことなんだよ。ぐっと手を引っぱられて屋根の上へ出た。森の木よりも高い位置にある視線、海と夜空はちょうどはんぶんずつ その真ん中にまあるい月。きれいだ とっても。ぽつんとつぶやいた吹雪くんのことばにゆっくり頷いた。 「座ろうか」 「あっ毛布あるよ」 ふたりで毛布にくるまった。しんぞうはこんなにもおおきく鳴るのだとはじめて知った。ほっぺたはあのあついジンジャーミルクティーを飲みほしたまま。それでも夜のいいにおいした風がそのほっぺたをやさしくたたいてちょうどいい。それと毛布と、となりにいる男の子の落ちつくあたたかさにまぶたが降りてくる。まだ起きていたいのに。あのバターを溶かした色に似たまあるい月に向かって遠吠えするオオカミを演じてみせたら、あっという間に目は覚めそう。 「なんだか吹雪くんのウルフレジェンドっていうわざ思いだす」 「どうして?」 「まんまるの月があって、となりには吹雪くんがいるから」 「なるほど たしかにオオカミを思いだすなあ」 「でしょう?」 「オオカミは満月に遠吠えするしね」 「…ほんもののオオカミとか、一度見てみたいなあ」 ちょっとこわいけど たぶんとてもつよい生き物だと思う。あのとがった歯だって触ったことのないぜいたくな毛並みもすばらしいもの。ちいさなころ、よくテレビやものがたりに出てくるしゃべれるオオカミにあこがれてたことを思いだした。 「となりにいるよ」 「?、オオカミ?」 「そう 男はみんなオオカミなんだ」 それじゃあ吹雪くんはかわいいオオカミ?そっと吹雪くんの方を向いたら吹雪くんもこっちを見ていて わたしの目はおもわずまるくなった。あのオオカミのようなまっすぐでつよい視線。そのまま伸びてきた指がわたしのほっぺたをなでて、吹雪くんはほほ笑んだ。どうすることもできないでただそのほっぺたをあつくするばかりのわたしのおでこに、それから小鳥みたいな口づけがやってきた。 「油断してたらだめだよ」 つづく |