カフェの店内で笑顔を振りまきながら注文を取り時折カウンターに立つ名前をいま、手伝っているのは人型の千夜だけ。優羽とカフェのマスターは厨房裏に回りこれからのことを話している。彼女に黙って事を進めていただけあって、マスターは溜め息をつきたくもなったが、名前の為を想い行動を起こしていた一人として、彼女が自分の意思で動くことを決めたのは純粋に嬉しかった。
 彼女にとっては名前もまだまだ幼い子供のようなもの、大人ぶって進むことを怖れずにやりたいことを自分に素直に行って欲しいのだから。

「じゃあ仕事終わったらこの店閉めてさっそく旅立ちの会でもしようかな」
「気が早いのはいいことですが、お店の方は大丈夫ですか?」
「出張版カフェソーコの話は既に進めていたのよ。もう声掛けて貰っているわ」
「名前さんの為にありがとうございます」
「好きでやっているのだよ。あの子が可愛くて仕方がないのは私もなんだから」

 店内の元気な声が此処まで響いてくることに二人は頬を緩めながら一通り話を終えて後にする。マスターは名前の元へ、優羽は裏口から出てから羽根を羽ばたかせてサンヨウシティへ。三つ子も招いてパーティーだと言い出した彼女の言付けを届けにいくついでに、ひとりになって気持ちを引き締めたかったのだ。
 僕がしっかりしなくてはいけない、そう気合を入れなおす程のことではないとはいえ、最初の頃は天候の悪い日や雲の多い日の飛行の感覚を取り戻せなくて苦労するかもしれない。主人と何年も旅をして彼女が地理に強く状況判断が出来る人だと知っていても、気をつけるにこしたことはない。
我ながら過保護ですね、久々に彼女と旅が出来ることを楽しみにしているのもまた優羽だからこそ、思うことは沢山あったのだ。
 パーティーが開かれることなど知らない名前は仕事が終わると同時にマスターの表情をちらちらと覗いている。話をする機会を窺っているようだが、マスター側としては此れからおこることを予想してつい口元が緩んでしまう。

「名前ちゃん、外の札をクローズにしておいで。ついでに今夜風が強くなるようだから植木を端に寄せておいて。話はそれからね」
「了解しました。千夜、一緒に行こう?」
「ああ、千夜くんにはお願いしたいことがあるから置いていってね」

 小首を傾げる名前が外に出たと同時にマスターは千夜へクラッカーを渡してこれからの説明をする。驚かせようね、面白いことを企んでいる笑みの中にあたたかくやさしい想いが含まれていることに気づいた彼は大きく首を縦に振ってクラッカーをパーカーのポケットの中に仕舞い込んだ。
 多くの植木は重さもあるからこそ移動に時間が掛かる。勿論意図的に、だ。そのうちに優羽がサンヨウの三人を連れて裏口から店内に回り、向こうで準備をしておいた料理などを机の上に並べていく。ヤナップたちも手伝い店内を飾りつけしてくれた為、予定通りに事が進んでいった。
 後は名前が店内に入るだけだ。お迎え役は優羽の役割になり、扉の中が見えないように気をつけながら外で作業をする彼女の元に向かった。

「終わりそうですか?」
「あれ、優羽どこに行っていたの?」
「夢の跡地まで散歩へ。カフェのマスターが店内に戻っておいで、だそうですよ」
「んー、これが最後だからちょっと待っていてね」

 さて全ての準備も終わり、時間稼ぎも終わったところで何も知らない名前は優羽のやさしい笑みの理由も気づくことが出来ず店内への扉を開けた。
 途端に響く大きな音に目を瞑り、おそるおそる瞼を開けていけば自分の視界にはマスターや千夜、デントたちがクラッカーを持った状態で次々に名前の名前を呼んでいる。頭に被るテープも店内の装いも普段のカフェと違った色鮮やかなものに。
 状況がつかめない彼女の背中を押して皆の前で顔をあげるようにしたのは優羽だった。

「マスター、あの、これいったい…」
「出張版カフェソーコのお祝いよ。名前ちゃんがもう一度空を飛べるようにって」
「そーそ、俺もデントもコーンもお祝いに来たんだぜ?」
「名前ちゃんこれから一緒に頑張ろうねってパーティーだって!」

 お食事も全部皆が準備してくれたんだよ。千夜が嬉しそうにはしゃぐ中で名前の視界はゆっくりと涙で滲んでいく。自分を想うひとの気持ちが嬉しくて、迷惑ばかりかけていたと思っていたマスターが背中を押してくれることが嬉しくて、相談していたコーンが微笑んで送り出してくれることが嬉しくて。何よりも千夜と優羽が我侭を許してくれるだけではなく、傍にいたいと一緒に頑張ろうと言ってくれることが嬉しくて。私はもう一度トレーナーとして旅をしてもいいのかなって、目標を探す旅を怖れずに出来るのが声にならない思いとなって代わりに涙が床を濡らしていくのだ。
 新しいことに挑戦したいと此の地を選びアルバイターをはじめたのは嘘ではない。どこかに旅の不安を持っていたのもまた本音だった。だからこそ彼女を想う人たちは再び新しいことに挑戦するという目論みのもと、名前の足先を外に向けさせるのだ。
 おいしい料理をほお張りながら、これからの仕事を名前と優羽と千夜はマスターから教わる。カフェの料理を望む声が此の店に届いたら、現地まで行きその場で新鮮な素材を調達してから依頼主の元へ向かう。一日だけとは限らない。依頼主が三日間お願いすると言えば、三日間その場に留まり料理を振舞う。仕事は腕を振るうことだから、それ以外の時間は依頼主との相談もあるけれど自由にしてもいいとのこと。無茶はしないこと。そして必ずただいまを言いに帰ってくることがマスターとの約束となった。
 コーンたち三人からも名前の為に準備された料理本を贈られ、木の実の熟したものの見分け方も種類別に記載された本も頂いた。トレーナーカードを忘れずに持っていくことや、たまには空を飛ぶだけでなくリニアや船を使ってみるといいこと、元ジムリーダーとしてこれから旅立っていくトレーナーに告げるアドバイスを懐かしむように名前に告げた。一言一句逃さないように頷きながら頭に入れてある。
 明日さっそくライモンへ向かいカミツレに会うように仕事を任された三人は夜更かしにならないように後片付けをしてから自宅へと向かうことにした。自分たちが居ない間は長期に渡るときはマスターが掃除をしに来たり様子をみにきたりしてくれるというので、合鍵も預けてある。ポケモンの姿に戻った二人のボールをショルダーバックの中に収納し、外に出る頃には夜に吹く涼しい風が街を包んでいた。

「名前ちゃん、これは僕たちからのプレゼントだよ」
「デントさん…?」
「二人は明日の準備があるからもう戻ったんだ。僕だけ、じゃんけんで勝って残れてね」

 手渡されたのは此方の地方で見かけるのは珍しいフレンドボールとモンスターボールが二つ。名前がポケモンを捕まえるのを躊躇していた理由を知るデントだからこそ、渡しておこうと思ったものだった。
 飛行、ドラゴンポケモンのチルタリスとゴーストタイプを持つフワンテ。これから彼女が今度はジムも選ばないで挑戦すると話をしていたのもあり、必要になってくるだろう道具なのだから。勿論トレーナーの中には一匹だけ、二匹だけで四天王に挑戦する人もいる。
 しかしながらデントたちは彼女にさまざまな出会いを通して成長して欲しいと願っているからポケモンを捕まえることも知って欲しいのだ。優羽はこどもの頃から一緒にいたのもあり野生のポケモンを捕まえたのとは違う。千夜もまた勝負をしてボールを投げた子ではない。出会いがそれだけとは言わないが、仲間にする意識をしてポケモンに接することも覚えて欲しい。新たなことに挑戦するのが好きな名前ちゃんなら出来なくもないよね、と少し挑発気味に告げていた。
 受け取ったボールを鞄にしまい、もし新しい子が仲間になったら手合わせお願いしますね。そう答えをだした名前を家まで見送りデントも帰宅した。彼女の新しい出会いに幸多きことを願いながら。