綺麗な羽を大きく広げた頼もしい優羽の背中に乗る。名前がやさしく首を撫でれば彼女に普段が掛からないよう、ゆっくりとサンヨウシティを目指し翔ていく。
 慣れた手順なのだろうことを見送りにきていたマスターはぼんやりと眺めた。いつにもまして高揚とさせたようにみえる顔でチルタリスの背中に自分を預ける姿に、彼女はやはり空を自由にいきたり旅をする方があっているのではないかと。新たなことに挑戦したいとカフェのアルバイトを選んだのは彼女とはいえ、他人からみれば外の世界を追いかけたいようにさえみえる。伝えたところでそんなことはないと笑顔で言うだろう。
 何をしてあげられるかしらと、まるで母親になった気分で名前を見送ったマスターは配達という言葉を思い出し、そっと口にした。
 一人と一匹がさほど遠くはない距離を空で移動し終えたのも、そんな頃だった。

「ありがとう、ボール戻る?」

 名前の台詞に首を横に振った優羽は夢の跡地付近の木々や茂みまで向かい、誰も居ないことを確認するとその姿を人型へと変える。決して大っぴらに披露してよい様ではないので最善の注意を払うことを怠らない。
 寄り添い生きる名前に迷惑が掛からないように。それだけが彼の譲れない信念だった。
 わざわざ人型になり隣を歩く優羽に笑みをこぼしながらも、陽の日差しから自分を守るように片腕を広げ丈の長い羽織りで影をつくる姿をみたらまんざらでもなくなってしまう。

「コーンさんデントさんいらっしゃいますか?」
「おいこら名前!なんで俺の名前は呼ばないんだよ!」
「ポッドうるさいですよ」
「そうそう、お店の邪魔になると追い出すからね」
「なんでお前等は俺じゃなく此奴の味方してんだよ!」

 一人の女の子をエスコートしようと伸ばしたデントの手は何故かポッドに払われ、二人が言い争いしている間に他の三人は厨房へと足を運ぶ。最も、いいように遊ばれているだけなのをポッドは知る由もない。
 マスターからのお使いとしてお願いされた彼等特製の茶葉を名前が受け取ったことでひとまず安心。お店用にわざわざ一種類つくってくれているそれを誰よりも上手に淹れられるよう練習するのが彼女の日課にもなっている。モモンの実を乾燥させた欠片は見栄えもいい。
 時刻にして三時過ぎ、丁度よくアフターヌーンティーの時間になる。紅茶について語っていたところでからかって遊んでいた兄弟も戻る。

「名前さん私と勝負しませんか?その間にポッドにお茶の準備をして貰いましょう」
「いいねえ、なら僕は二人の試合の審判をするよ!」
「でもお店がありますし…」
「私たちの方は従業員がいますし、カフェソーコの方もマスターさんからお電話頂いていますから大丈夫ですよ」
「マスターがですか?」
「そうそう、息抜きでもさせてやってって僕等にね」
「まあそういうこった。ワッフル焼いてくるからポケモン勝負でもして待ってろよ」

 どうする、と名前が見上げるのは勿論隣で話を聞いていた優羽で、今だボールの中で寝息を立てているであろう千夜はバトル経験がないのだから出せないのだ。相手は元ジムリーダー、此方も全力で努力をしなくては勝負にすらならないことすらある。

「構いませんよ、僕はいつでも準備万端ですから」
「やはり相手は優羽くんなのですか?」
「そうなります。僕では力不足ですがよろしいですか?」

 誰が力不足だ、今回は相手ではないとはいえ好戦的な目で優羽を見てから調理の準備へとかかるポッドからすればそれはどんな謙虚だと言いたくなる。彼が強いことを、三人は知っている。その中でも一番試合回数が多い彼なのだ、身を持って理解しているのだから。
 こうなっては遠慮するわけにもいかず、名前は優羽の空のボールを手に持ち、外へ出よっかと笑う。笑うその顔はトレーナーのものだった。

「バトルは一対一、時間制限なしでいいね?」
「大丈夫です、コーンさんお願いします」
「此方こそ。では先に僕から。ヒヤッキー、バトルお願いします!」
「決して不利なバトルじゃない、優羽いくよ!」

 放たれたボールから出てきた二匹は久々の対戦に気持ちを高揚させ、トレーナーの指示を今か今かと待ちわびる。
 先制攻撃をしたのはヒヤッキーでフィールド全体を水びたしにして攻撃し易く、ひとつひとつの攻撃の威力をあげる。対する名前も、りゅうのまいで長く続くであろうバトルに備える。
 お互い、一歩も引かぬままはじまりを告げたバトル。コーンのこおり技の指示とフィールド全体を濡らした効果からか、例え空を飛んでいようが避けられない攻撃に大幅ダメージを優羽は受けながらも強き目の光は失わない。
 防御力の高さ、そして回復技の充実。機転の利く名前で詰み技のおかげで上がった素早さのおかげで次の一撃の前の回復、そして繋げた攻撃のギガインパクトだ。万が一動けない間に攻撃されても回復した体力と頑丈な身体は簡単には倒れない。
 名前の経験が、たった一匹のポケモンだけを極め続けた彼女とパートナーの絆が勝負を決めた。
 試合結果は優羽の勝利に終わり、美味しいワッフルをご馳走になる頃には日も傾き始めていた。行き同様にチルタリスの背中に乗り、三人へと別れを告げたところでコーンが一歩前へと足を進める。

「優羽くんの翼は立派ですね」

 やさしい手付きで撫でられて目を細めた優羽だったが、名前の視線から隠れるように彼から手紙を差し出されたことで真剣な目へと変える。自分の後部で他の二人と談笑する姿を確認した後にくちばしで胸元の羽をつつく。優羽の行動を分かったコーンが羽の間に手紙を差し出してから二人は目を合わせる。まるで何が書いてあるかを、何が起こるかを分かっているかのように。
 両翼を羽ばたかせて帰路へ着く間、背中から伝わるぬくもりにこれからはもっと毎日が大変になりますよ、と落ちないように体制を整える。すっかり夢の中の名前が再び地面を蹴り出す日がなんだか待ち遠しい。
 日が暮れる前にカフェへと到着し、名前が仕事に戻った隙をついて人型としてお手伝いをしていた優羽はマスターへと預かった手紙を渡す。目の前で内容を確認した彼女は彼の背中を叩き、あの子をよろしくね、と厨房に戻っていった。もう一人の母は寂しさの中にある嬉しさでやさしい顔をしていた。
 優羽くんと彼女の旅経験を生かして出張版カフェでもしてみたらいかがですか。
 たった一行の手紙が彼女を想う様々な人を動かしていくことになったのだ。