朦朧とする意識の中伸ばされた手をとれば優しく握り返してくれた。つめたくて大きい手、此の手を知っているはずなのにどうしてか思い出せない。苦しい。重たい身体も此の手の相手の名前が呼べないのも、どうしてか胸が締めつけられるようだ。
 自分でも分かるぐらいに目じりの熱さを感じれば握っていた手と違う手がそっと私の頭を撫でてくれた。
 そのまま私の意識は途切れた。

 次に目を覚ました時は日も沈み、凡そ五時くらいになったとは思える。身体の不調を訴えた名前が学校を休んだ今日此の日、何かあった時に駆けつけられるようにと部屋の鍵は珍しく開けてある。
 朝よりも幾分か良くなった身体の重さを感じながらベットサイドにある携帯を手にとれば黄瀬からの十件近い着順と何件かのメール。電話はさておいて全てのメールに目を通せばクラスの友達から伊月まで、名前の体調を心配して連絡をいれてくれていたようだ。
 不謹慎だがどこか嬉しくて携帯を胸元に抱える。渇きを訴える喉に水分を通したら返信をしよう。立ち上がれば案の定足元は覚束ないのには苦笑しか出なかった。

「立ち上がれるまでは回復したのだな」
「あれ、緑間くん…?」
「俺以外の誰だと言うのだ。ソファーに座っていろ、今飲み物準備する」
「自分で出来るよ、大分元気になったから」
「いいから座っていろというのが分からないか?」

 頭上からの威圧感に大人しくソファーに移動して座る、とは違うが身体をうつ伏せに倒して転がる。どうして緑間がいるかなんて問うのは失礼だろう、自惚れなくとも名前を心配して早く帰ってきてくれたのだろうから。
 甘やかして貰ってるなあ、ごろごろと身体を動かしていれば台所から大人しくしていろ病人とのお声が掛かった。

「その様子なら多少は良くなったというのも嘘じゃないようだ」
「いっぱい寝たもんね。夕飯までに起きれてよかったよ」
「まさか自分で作るつもりじゃないだろうな」
「作るよ、皆疲れて帰ってくるんだから」
「…名前は馬鹿か?何の為に俺が早帰りしたと思ってる」

 座りなおした名前の隣に腰掛けた緑間の手が額にあてられる。冷たくて気持ちがいい。あれ、この感覚どこかで…。ぼんやりした頭で考えようとすれば軽い頭痛に襲われ頭を左右に振る。言わんこっちゃないという表情の緑間が立ち上がり体温計を取りに行ってくれる間に再び考えてみたけれど、やはり分からぬままだった。
 七度五分、随分と熱も下がったようだ。安心したようでほっと息を漏らす緑間と準備して貰った薄めたスポーツ飲料水を少しずつ飲む名前。机に置かれた携帯が先程から点滅して黄瀬の名前が表示されているが、緑間の取る必要がないとの一言で放置されている。

「俺達はドリアにするが名前はお粥でいいな?」
「私もドリアがいい、緑間くんが作る久々の和食じゃない料理が食べたい」
「人をからかう余裕はあるみたいだが問答無用でお粥だ」
「なら言わなくていいのにー」
「その方がお腹を空かせられると思ってな」
「病人に優しくないよね」

 先程からベットに戻れ部屋に行けとの緑間の声は右から左へ流し、ソファーに転がったまま台所から聞こえる音を子守歌にしている。風邪をひくと人恋しくなるという意味が分かるよ、特に家に人がいるならば側に居て欲しくなってしまう。

「風邪移したらごめんね」
「生憎そのぐらいで弱くなる程の鍛え方はしていないから気にする必要はない」

 包丁の音、水が流れる音。時折聞こえるレシピ本を捲る音と緑間の口から漏れる声。本当に子守歌のようだ。こどもはこんなにも心地よい中で眠りにつけているなんて幸せだろうな。
 再度遅いかかる睡魔の前にと、全てのメールを返信したところで新着メールを受信する。高尾くん。緑間くんから何か聞かされたからかと読んでみれば、なんとも誰かさんらしくないことをしてくれたらしい報告だった。
 火照る頬は風邪を理由にして、メールに保護をかけて握り締めたまま夢の中へ。

 昼休みになった途端、真ちゃん走って家に帰ったんだよ。苗字ちゃん風邪ひいてたんだってね、お大事に。