屋根を叩く音に混ざる溜め息と憂うつ。本屋の軒下で見上げる曇天の隙間からは気分屋の雨が流れ落ちていた。
 僅か十数分の間に記憶にある晴れ模様は見事に消え去り、夕立か若しくは夕暮れ時から明け方に続く迷惑な雨模様へと変わってしまったらしい。やっちゃったなあ。名前の手には購入したばかりの料理本が抱えられているだけで傘の類はない。
 思い返せば朝方テレビにかじりついていた緑間より全員に傘を持つように声が掛けられていたのだが、折り畳み傘を学校に置いてあるのと笑った自分がまさか実はなかったという展開に巻き込まれてしまうだなんて思ってもいなかった。部活が終わるまで二人を待てばよかったというのもただの杞憂に過ぎない。
 再び溜め息を漏らし、濡れて帰るか止むまで雨宿りさせて貰うかを悩んでいる名前の右側にふと影ができた。見上げた先は少しだけ怒った顔の青峰と大きな紺色の傘。

「誰だっけか、傘学校にあるとか言った馬鹿は」
「その馬鹿ですけど…青峰どうして此処に?部活は?」
「部活無いから迎えに来てやったんだよ」
「自主休部ってやつ?」
「減らず口叩いてっと置いてくぞ」

 名前の肩を引き寄せて自分の傘に引きずり込んで、あまつさえ抱えていた荷物も当たり前のように奪い取る。その不器用な優しさが青峰だなあ、ついふにゃりと顔をゆるませた名前に青峰は罰が悪そうに歩き始めた。
 部活が休みなはずはない、そんな嘘しかつけない自分の機転の利かなさに青峰は隣を歩く自分より随分と小さい頭を見ながら考えざるを得ない。濡れないようにともう少し身体を寄せれば躊躇いなく笑顔とお礼が返ってくる。減らず口と言ったものの己と比べれば幾分も素直な存在だ。無論、黄瀬と比べるという選択肢は覗いている。
 青峰の元に連絡が入ったのは昼下がり、黒子による一通のメールだった。名前さんが鞄と机周りを見て慌てていたのでもしかしたら置いている傘などないかもしれません。一報は一斉メールで他三人にもいったようで、あれほど言ったのにと頭を抱える緑間を皆が想像したことだろう。
 寄り道をせず彼女が放課後真っ直ぐ帰宅すれば雨に濡れることはまずないだろうと予測出来たのに、名前が朝方ふと夕飯のレパートリーがと口にしてたのを青峰は覚えていた。
 もしかしたら家の近くの商店街あたりに寄り道するかもしれない。案の定、部活を途中で帰宅させて貰い雲を気にしながら商店街へと足を向かわせれば予報通り雨が降ってきたところで軒下で空模様のように顔を雲らせた名前がいたのだった。

「おい、今日の夕飯なんだ?」
「レモン絞りの鮭のホイル焼きに新玉葱のマリネだよ」
「手ぇ込んでんな」
「遅くなっちゃったけど、きーちゃんの雑誌の表紙お祝いにね」
「お前は黄瀬には甘いよな」

 第三者、もしくは他の同居人から見れば少しだけ拗ねたような青峰の表情。確かに名前が、ではなく皆が黄瀬にはどこか甘いのだから。

「青峰が次の試合で格好いいとこ見せてくれたらまた豪華にするよ」
「なに、試合見にくんのか?」
「見に行ってもいい?」
「来たきゃこいよ」

 素直に来てと言えばいいのにね。それは名前もで、雨に濡れて帰ると考える前に誰かに迎えに来てと言えばよかったんだ。青峰だって言えば来てくれただろう。
 こうしてどこか素直になれない二人が帰宅する頃には雨は上がり、全くと言っていい程に台所には立たない青峰が手伝いを申し出ている。相も変わらずこどもみたいな言い争いは多かったけれども、大きさがまちまちなきゅうりが並んだ食卓は普段よりも話題に花が咲いていた。