甘い卵焼きに彩りよい野菜と別途で詰められたデザートの林檎の甘煮。五人より一回り小さい弁当箱で食欲を誘う名前の昼食は火神のお手製だった。
 昨晩のうちに頼まれた下拵えとデザートはつくっておいたとはいえ、いつお嫁さんになっても申し分ない出来映え。
 今夜にでも此のネタできーちゃんと青峰とからかってみようかな。
 器用に蟹型になるように切れ目をいれられたウインナーを口にいれる。立ち入り禁止にされた屋上に呼び出されて待つこと十分、待てなかったお腹の具合はさておき自分を呼んだ先輩方の到着を待ちながら考えるのはやはり五人のことだった。

「苗字さんごめんね、学年集会終わるの遅くって」

 重たい扉が開く音に振り返れば眉をさげたリコとバスケ部二年が名前に向かって謝罪の言葉を発しながら歩いている。別に気にしていませんよ、フェンスに寄りかかって食べていたお弁当を一旦しまって。
 やわらかい笑みで手を振る伊月と視線が合えば、声を出さず唇を動かした。名前ちゃん。耳元で名前を呼ばれたわけでもないというのにそのくすぐったさから俯いてしまう。確信犯だろうか、女の子に人気なのもよくわかる。
 顔を下に向けてしまった名前に首を傾げた当事者以外の他の二年生。木吉が本題に入ろうと言い出すまで何ともいいがたい空気が漂っていた。

「そうそう、苗字さんに来て貰ったのも聞きたいことがあったからなのよ」
「聞きたいことですか?」

 座るよう手招きされ地べたにお尻をつける。右隣は伊月で左隣は木吉。前に立つリコは困った顔で此方を見ていて、更に名前が困ったように眉を下げれば水戸部が慌ててリコに説明するよう手を動かしジェスチャーをしている。先程から悪循環だ。
 日向の眉間の皺も普段より三割増しに見えるあたり深刻な問題なのだと伺える。

「いやね?次の三連休の日に金曜放課後から三泊四日で合宿しようと思ったんだけど…」
「火神と黒子の奴がどうも渋ってんだよ。夕飯がどうとか負担が増えるとか」
「もしかして苗字さんに関係あるのかなって。ほら、ルームシェアしてるんでしょ?」

 腰に手をあてて悩みを含む声を漏らすリコの口から飛び出した名前は同居人であり同じクラスの二人のもの。
 夕食かあ、ふと周りを見渡せば二年生もどうやら同じことを考えていたようで彼女に分かられないよう視線をリコに向けては苦笑する。監督の料理がよろしくないことは二人からもよく聞いていたし、逃げられるものでもない。料理が得意な火神が作る手もあるだろうに。
 では渋る原因は後者なのだろうか。

「ルームシェアってことは家事の役割分担があるんだよね?」

 右隣からの視線には交わらせないよう真っ正面を向いたまま肯定すればどこか合致したのか伊月は名前の頭をぽんぽんとしながら微笑む。その姿にリコと日向も理解出来たらしく、苗字さん愛されてるねえ、と言う始末。

「えっと…伊月先輩?」
「あの二人はね、名前ちゃんがきっと自分達がいない分の家事をひとりで持つだろうからって心配しているんだよ」
「そうねえ、一緒に住んでる黄瀬はモデルの仕事あるしもう一人は学校から家が少し遠いんでしょ?」
「…それ誰から聞いたんですか?」
「黒子くんと火神くんが部活中によく話してるから部員には筒抜けよ」

 顔から火が出る恥ずかしさとはこういうことをきっと指すのだろう。良い意味でも空気を読まない木吉がからかうものだから名前の羞恥も既に最高峰だ。
 ならば、と話の傍観者でいた小金井がひとつ打開策を出す。次の合宿に苗字ちゃんも来ちゃえばいいんだよ。生憎、名前も高校では部活に入っていなかったので暇といえば暇なのだけれど部外者がいいのだろうか。
 あの二人と皆さんがそれでよければと答えたのもどうすれば迷惑にならないかが分からなかったからだ。
 話を纏めた小金井の提案に他の二年生は喜び名前が苦笑したのはまた後の話になるが、お昼を共にしてクラスに戻る時にリコに囁かれた言葉だけは嬉しかったと認めよう。大切にされているんだね、なんて。
 今夜は奮発して二人の好きな夕食にしよう。