散歩に出掛けてみたくなる程の陽気と心地よい風がリビングにいる名前を誘う。自室が各々に与えられているとはいえ、休日皆して部活に出掛けているのならばわざわざ籠もる必要はない。大きめの窓に日当たりのよい場所、のんびりと過ごすにはうってつけだった。
 食卓の大きな机があるにも関わらずソファーの前に小さな机を出してきた理由も同様で、くつろぐならば足を伸ばしたいとソファーを背もたれにして肩の力を抜いている。
 卓上に広がるのは黄瀬が載った雑誌の切り抜きや広告、赤司にお願いして送ってもらった京都限定で配布された着物のパンフレットなどがある。ラミネートをしてパンチで穴を開ける。成長していく我が子の思い出を保存していく親の気持ちも分からなくないかもしれない。
 ひとつ魅力的になる黄瀬に、ふたつ違う表情を覚える黄瀬に頑張っているのだと誇らしくなるのだから。
 ファイリングを終わらせて眺めている時間は急ぎ足で過ぎてしまったのだろう。着信を知らせる音楽に気がついた時には作業をはじめてから三時間も経過している。

「もしもし、赤司くん?」
「随分と繋がらないから心配したよ」
「ごめんね、留守番電話にしてなかったみたいなの」

 部活の休憩時間に電話をしてみた赤司が連絡をとったきっかけも名前に送った黄瀬の資料だった。用途は知っていたとはいえ彼に内緒で欲しいと願ったのには何か理由があったのではないか。単純に知られたら恥ずかしいのと黄瀬本人に取り上げられかねないからなのだと、電話口で話をする彼女の声に懐かしい思い出が呼び寄せられる。
 女子バスケ部の部員と男子バスケ部の主将。関わりは青峰を通してで、此方のレギュラーが遅くまで居残りしてる時間まで走り込みをしているのを見つければ送って帰ったり、休憩時間に彼と練習をしていたのを眺めていた程度。二人はバスケでの繋がりは他の面子に比べたら浅く、どちらかといえば同じクラスの友人としての方が深いものだっただろう。
 繋がりの先でファイリングした行程を話す名前の声を聞きながら意識を過去から今へと戻していった。

「まるで名前は涼太の母親みたいだ」
「それならお父さんは赤司くんか黒子くんかな?」
「懐いてくれるのはいいが手の掛かり過ぎる子供はいらないな」
「そこがかわいいのに」
「どうだか。哀しむから本人には言ってやるなよ」
「はーい。でもきーちゃんに反抗期きたらお父さんさみしいでしょ?」
「あれに反抗期か?少なくとも父母に逆らうように躾をした覚えはない」
「お父さん厳しいね」
「何を言う、母親が甘いからだろう」

 くすり。上品に赤司は笑う。
 中学時代教育係としてバスケ部を教えた黒子がいる。そして今は名前も傍にいる。世話役が二人もいれば我が侭な黄瀬の心配はいらないかもしれないが、考えようでは我を通す青峰や緑間の方が手が掛かる。反抗期が来たら父親直々に叱りに行く旨を述べた赤司に、頼りになりますと見えないと分かっていても頭を下げた名前のやりとりで電話は終了した。
 所要時間は約十分といったところ。赤司が急ぐような言葉を発しなかったので練習開始には間に合ったのだろう。
 中学を卒業してから彼は仲間を名前で呼ぶようになり、同じように名前のことも名前で呼ぶようになった。幾度となくメールのやりとりをした上で呼ばれていたとはいえ、彼の声で紡がれるのは初めてのことだった。
 なんだかくすぐったいなあ。耳元に残り続ける声に惑わされそうになりながらも、黄瀬のモデルとしての軌跡を纏めた本は閉じられた。