二者面談の知らせを担任が告げて本日の講義は終わりとなる。掃除当番がないのをいいことに体育館へ一目散に向かう火神と後を追う黒子の後ろ姿は、どちらとも放課後を楽しみにしていた高揚感が滲み出ていた。そんなに急がなくったってバスケは逃げないのにね。クラスメートに混じり名前も慣れた光景にくすくすと笑う。このクラスの名物にすらなりそうだ。
 今日は特に用事もなければ急いで帰宅しなくてはならない家事当番もない。本屋か最近駅前に出来た北欧雑貨のお店にでも寄っていこうかな。
 部活に向かう友人がひとりふたりと減っていくなか、わりとゆっくりと帰りの支度をしていたらしい名前の耳に扉がおそるおそる開けられた音が届く。そこから聞こえる自分の名前に顔を向ければ肩を上下させた降旗の姿があった。

「…降旗くん?」
「いま帰りだったりした?」
「帰ろうとはしてたかな」
「あー、その、時間とか」
「用事も何もないから大丈夫だよ?」

 練習着を見に纏い、体育館から走ってきたとしても多いかと思われる汗の量。もう動いていたのかなあ、と名前が鞄から下敷きを取り出して扇いであげれば、あついあついと漏らす。肩で汗を拭う姿が様になっていてバスケは楽しいかと問えば、とてもいい笑顔で当然だと言う。
 教室内はすでに二人しか居らず、息を整えられた降旗を座らせる為に名前は自分の隣の席の椅子を引いた。話を聞くという合図だと理解したらしい彼は謝罪を口にする。帰るとこ悪いな。気にしていないのだからいいというのに。

「部活中だと思うんだけど、どうかしたの?」
「その部活でさ、カントクに言われたんだよ。苗字呼んで来いって」
「なら座ってないでいかないとだね」
「…いなかったことにも出来るかなって俺一人で来たんだ」
「いなかったことにってどういうこと?」

 申し訳なさそうに頭を垂らした人に説明を求めればぽつぽつと理由を話していった。
 もとより黒子と火神と仲がよいこともありバスケ部の手伝いをしていた名前だったが、バスケ経験者と知ってからは更に回数が増えている。時間があれば出来ることをするぐらいの感覚だったのが、降旗は申し訳なく思っていたらしい。
 頼まれれば断わることはないだろう、甘えただけ返してくれるだろう。彼女の時間を分け与えて貰いながら、好きだというバスケをプレイする時間はほぼないに等しい。
 だからこそ、名前の手が借りたいと溜め息をついたリコの案に乗るふりをして自らが探し手になったのだ。万が一校舎に残っていたとしても、いなかったことにして帰してあげられるように。
 この人の優しさに甘えるべきかそれとも。どうしたものか口元に手をおいて考えを巡らす名前の顔色を窺う降旗の好意は嬉しい。好意を受け止めるたからこそ甘えるような真似をしたら次も次もと彼は気をつかおうとするだろう。
 椅子から立ち上がれば俯いていた人の表情が漸く見れた。

「行こう?私もバスケが好きなの、触れていたいと思う気持ちは降旗くんと同じだよ」
「なら余計にマネージャー業は辛いんじゃ…!」
「バスケに関われるだけで幸せなのは嘘じゃない」
「けど、苗字だってバスケしたいだろ?」
「したいな。だから交換条件ってどう?」

 部活動に所属していない名前は本来ならば体育館でバスケをすることは出来ない。そこでマネージャー業を手伝う代わりに練習が終わった後の時間に自分とバスケをして欲しいと案をだしたのだ。場所のみならず、共にプレイしてくれる人まで確保出来るなら此方の方が得をしている気がするではないか。
 瞼を開閉させて驚いた降旗もそれならば、と浮かない顔からバスケを早くやりたいというような良い笑顔に変わる。

「じゃあ急ごうぜ。荷物持つから貸してよ、直接体育館行くだろ?」
「こうしている時間も勿体無いってうずうずしてるの?」
「苗字とバスケするのも楽しみだなって」
「私は一年生六人でミニゲームしたいな」
「…火神と黒子とで三人とか言うなよ?」
「あら、ばれちゃった?」
「ハンデハンデ!ちょっとそれは意地悪すぎっしょ!」

 体育館までの道は笑い声が響いている。目的地に着き、名前が降旗くんの優しいとこ好きだと述べれば、彼も照れくさそうに苗字のバスケ好きなとこは嫌いじゃないと耳を真っ赤にした。あまりにその姿がかわいらしくて我慢出来ず声を発し笑ってしまえば、やっぱり手加減無しで勝ってやると中へ走っていく。
 青峰が言っていたバスケ好きには面白いやつばかりで悪いやつはいないというのは、間違いではなさそうだ。