雲の間に陽が隠れながらも淡い光で空を染める。夕方のあたたかい模様が名前は好きだった。一日の疲れさえも此の景色を見ていれば吹き飛んでしまいそうな気もする程に、心に沁みていく空気。
 普段ならばバスケ部の手伝いをしない限りは早々と下校することが多い為、校舎の窓から高い位置で周りに障害物のない状態で景色を眺めるのは久々な気がする。このまま眺めていたい気持ちもあるけれど、胸に抱えている学級日誌がある限りはそうはいかない。
 日直の仕事を終わらせて教室の施錠もした。後は此れを届けるだけだと職員室の扉を開けば、此方に気づいた担任が手招きをしてくれる。入り口に近い場所で仕事をしていた担任の机にはお菓子が置いてあり、甘いものが好きなのが窺えた。

「日直の仕事は終わりましたのでもう帰りますね」
「あー、まて。苗字は確か火神と仲がよかったよな」
「そうですがどうかしましたか?」
「国語の先生からプリントを預かっていてな、明日でいいかと思ったが帰りに渡しておいてくれ」
「分かりました。体育館に寄って帰りますね」
「悪いな、此れはご褒美ってことで受け取っとけ」

 手のひらに幾つも落ちてくる色取り取りの飴玉の袋。色が並べば並ぶほど彼等のことを思い出してしまうのが当たり前になってきている。薄手のパーカーのポケットにご褒美を詰めればごつごつと膨らんでしまってしまったけれど、なんだか可愛らしいのでよしとしよう。
 プリントを火神に手渡すことに加え勉強しろとのお告げを受け取り向かうのは体育館。ひとつ取り出した苺味に彼を想いながら進む脚はとても軽やかなもの。練習も終盤に差し掛かっているだろうか。館内に響く音に心が踊りそうになりながら休憩の笛の音を確かめてから中へと進んだ。

「練習中失礼します」
「苗字さんじゃない、どうかしたの?」
「火神くんへの預かり物がありまして。少しだけ時間よろしいですか?」
「休憩中よ、気にしないで。火神くん!苗字さんが会いに来てくれたわよ!」

 休憩という文字が頭の辞書から消えているらしい彼をリコが呼べば、首を傾げてから走ってくる。家のことか何か急用かと思っているのだろう。どうかしたのかと心配そうに屈んで目線を合わせられては言い出しにくくなってしまうもの。心配しているのは此方の方だというのに、揃いも揃って名前の周りはバスケ馬鹿ばかりだ。彼女もまた、その一人であることは自覚していない。
 鞄から一枚のプリントを出して顔の目の前に突きつける。再び小首を傾げたところで課題なのだと変わらぬ口調で発すれば、なんでだよ、と館内に彼の大きな声が響いた。

「なんでって、国語の小テスト点数悪かったからだと思うよ」
「それがなんで課題がでるんだよ…」
「単位欲しければ勉強しろって、火神くんへの特別救済策じゃない?」
「なら別に家に帰ってからでもいいんじゃねーか?」
「そりゃあ、公開処刑…?」

 二人の周りには先輩方も同級生も集まってきているのだから、名前の言葉は正しいかもしれない。
 哀れむ先輩もいれば慰める先輩もいて、勉強を教えようかとジェスチャーで伝えようとしてくれる水戸部は黒子が丁重にお断りをしている。自業自得なのに先輩の手を煩わせるわけにはいかないのだ。今夜から次のテストまでの夜は徹底的に自分と名前で勉強を教えればいい。溜め息をつきながらも緑間も協力してくれるだろう。逃げられないようにさえすれば火神とてやるしかない。
 黒子が頭の中で今後のスケジュールを組み立てている傍で火神はリコに説教を受けており、名前は伊月と談笑していた。

「じゃあ私はもう帰りますね」
「練習見ていってくれてもいいのにな」
「お邪魔になりませんか?」
「俺達がいつも手伝ってくれている名前ちゃんのこと、邪魔だと思うはずないでしょ?」

 帰ろうとする名前の荷物はすでに伊月の腕の中にある。どうせあと少しだからと日向と土田も此処に居ることを許してくれるようなので、御礼をひとつ述べてからリコの隣へと移動した。
 残り時間が少ないからといって気を抜くんじゃないわよ、彼女の言葉が号令となり選手は一瞬で切り替えてコートの中へ。一年生対二年生の試合を眺めながら、浮かない顔していたはずの火神の表情を捉える。先程みせていたものが嘘だったかのように凛々しい顔でボールを操る姿に、男の子っていいなあ、と女の子二人はどちらともなく口にした。