バスケット選手としても周りの人と比べてもあからさま丈がある同居人が揃いに揃って家を空けている。残された平均的身長を持つ黒子と、平均的身長より小さめな名前。
 さてどうしようかとリビングのソファで肩を並べて上を見上げれば、顔なんてあるはずないのにざまあみろと笑っているようにさえ見える、中身が無くなった電球がある。シャンデリアだ、同じ時期につけたのだから八つ全て落ちてしまってもおかしくはないけれど何も今日切れることはないじゃないか。
 今はまだいい、明るい間は必要ないけれど暗くなってきて皆して帰宅が遅かったとしよう。おそらく二人はどちらかの部屋で口をすぼめながら帰りが遅い人たちを、この役立たず巨人兵めと言うに違いない。

「状況を整理しましょう。名前さん、うちに代えの電球はありますか?」
「緑間くんが管理しているから問題ありません黒子くん」
「では、うちに脚立はありますか?」
「そんなもん必要ねえだろって青峰が鼻で笑ったので買ってありません」
「青峰くんの今日の夕飯は豆腐にしましょう」
「せめてもの情けで茗荷だけ乗せてあげようね」

 日曜日の昼下がり、問題を抱えた二人の周りの空気はあんまりよろしくない。普段どちらかといえばのんびりとしている側だからこそ、その空気のまがまがしいこと。言わずもがな、本当に青峰の夕食は大量の豆腐と茗荷が出されるだろう。
 然し本当に困ったことに此の家には脚立はない。誰かに早く帰るようお願いしてみよう。黄瀬は小さい二人を可愛い可愛いと撫で回し、青峰は鼻で笑い、緑間は溜め息をつくはずだ。火神なんてきっと謝罪するだろうから、それこそ腹が立つ。
 かといえどうやったって届かない。ホームセンターに仲良く脚立を買いに行ってもいいけれど、屈辱感を味わいながら持ち帰るのも嫌なのだ。くだらないプライドが二人を邪魔して時間だけを食べていく。

「帰るまで待ちます?」
「わざと二人で出掛けて電球切れてたの気づかなかったよってするとか」
「それだと少なくとも火神くんが帰る夕方過ぎまで待つことになるので夕飯の準備が間に合わないかもしれません」
「…みんな今日は豆腐で」
「名前さん?」

 だって、なんて言えやしない。そんなことをしては黒子につつかれてしまうのだから。
 困ったね、窓から外を眺めれば時間は待ってくれないようで刻々と夕方に向かって進んでしまっている。黒子も同じように窓へと視線をやったその時に、二人の意識を変えるようにインターホンが鳴った。

「誰だろう。私でてくるね」
「火神くん達ではないのは確かですからそんなに喜ばない方が身の為ですよ」
「意地悪言われなくても分かってるもん。はいはーい、どちら様ですか?」

 ゆっくりと開いた扉の先で此方をみて笑いかけてくれた人物に名前は驚き固まり、その後ろでもまた黒子は驚き目を丸くしている。

「苗字さんと黒子がいたのか。苗字さんは合宿以来だな、久しぶり」
「…木吉先輩?」
「困ったな、違う人に見えているのか。俺は木吉なんだけどな」
「大丈夫ですよ先輩、僕にも名前さんにも木吉先輩がみえていますから」

 そうか、と嬉しそうに笑う木吉と未だに動けずにいる名前。然しながらそのままでいるわけにはいかないので、黒子は彼を中に招き、彼女にもいい加減動くように促す。
 瞬き三度、状況確認出来た名前は嬉しそうに軽い足取りになっては台所へと向かっていった。思ってもいない訪問者が見知った方でましてや背の高い人、軽々と自分を持ち上げたこともある男の人なのだ。電球電球、頭の中はもうそればかり。

「黒子か火神がいるか確認しようと思った時にはもう玄関についていたんだ」
「そうでしたか。僕がいて何よりです、他の方では驚いたでしょうから」
「だよな、よかったよかった」
「木吉せんぱーい、紅茶と麦茶どっちがいいですか?」
「ん?苗字さんが好きな方かな」

 じゃあ紅茶で。三人分のお茶とお菓子を手にリビングにいる二人の元に向かえば、もう既に黒子より電球の話がされていたようで片手に新しい電球を持ちながら立っていた。

「困っていた時はお互い様だしな」
「木吉先輩大好きです…!」
「俺も苗字さん好きだな」
「先輩、名前さんの相手しなくていいですから」

 ひとつふたつと取り替えていく側で上機嫌の名前とにこやかな木吉。全てを付け替え終わり、古い方を受け取って台所の端の邪魔にならないところへ片付けに向かった名前を余所にバスケ部二人は話に花を咲かせていた。
 危険物のゴミの日を確認して冷蔵庫に貼り付けたカレンダーに印をして。その横に木吉の似顔絵を描く名前はよほど嬉しいのだろう。あとからこの事を知った人達に背の小ささをからかわれたりすることを、いまは目にも入らない。
 失われない軽い足取りのままリビングに戻れば二人は会話をやめて、そういえば、と黒子は切り出す。木吉が此処に来た理由を知らないのだ。

「実は家でたくさん肉じゃがを作ったみたいで近所にお裾分けしてこいって言われてな」
「木吉先輩お言葉ですが、先輩のお家から僕達の家までは自転車で十数分掛かるので近所ではない気がするのですが」
「近くないか?」
「カントクの家の方が近いですよね」
「リコの家にはもう届けてきたから次は黒子の家と思ってな」

 何を言っても近いとしか答えは返ってこないだろう。諦めた黒子は名前に夕飯のおかずが増えましたね、と話をそらすことに決めた。マイペースな人間を相手にすることの大変さは、此の家の中では黒子が一番分かっているのだから。
 大きなタッパーが木吉の手から名前の手に渡される。これだけをおかずにするには食べ盛りが多いので足りないけれど、嬉しいことには違いない。家庭の味だ。漂うよい匂いに嬉しそうにしていれば、木吉もまた持ってきてよかったと彼女の頭を撫でる。
 懐かしそうに肉じゃがを見る名前に家族が恋しいのかと黒子はふと考えてしまい目を伏せてしまいそうになった時、肉じゃが大好きだなんて声が飛んできては気が緩んでしまう。

「近いうちに何かつくってお裾分けにいきますね。うち毎日のようにデザートつくってますから。木吉先輩甘いもの好きですか?」
「うん、そうだな。苗字さんが作ってるのか?」
「私と火神くんです。たまにきーちゃんも」
「そうかそうか、じゃあ楽しみにしてるな」

 空気を読んで黒子が持ってきたお菓子の本を眺める三人。気づけば陽も隠れ、新しい電球をつける時間に。名前がスイッチをいれれば、どことなく笑い声が広がり、それは一番帰りが早い火神が玄関をくぐる数分前まで続いていた。