幾らか日焼けした腕とついた気がしないでもない体力と筋肉。後者二つに限ってはなくしてしまっては勿体無いので気をつけなくてはいけない。例えば買い物には徒歩で、例えば家事をする際は踵を上げて。此の数日間を思い出す理由になるようにしたいのかもしれなかった。
 合宿を終えて帰路に着く火神と黒子の数歩後を歩きながら名前は思う。身体が痛いと、マネージャーは思っていたよりも大変と、そう口にする度に愛おしさが増すバスケを本当に自分は好きだったということを。
 今はこうして時おり触れるだけになってしまったからこそ、その時その時を大切に出来るように。
 足の運びもチームが在るコートが見えた。身体は覚えている。思い出は決して色褪せていなかった。心も覚えている。
 共に走る人がいたからこそ、楽しかったということを。

「黒子くん、火神くん。ありがとね」

 さほど大きな声で言ったつもりはなかったものの、確かに聞きとった二人は振り返って立ち止まる。照れくさそうにする人と、いまさらだと言うようにやわらかく笑う人。
 間に入り並んで歩きながら話すことはやはりバスケのことで、いつか勝負だと拳を差し出す火神と己の拳を合わせた名前は嬉しそうにはにかんだ。
 そんなやりとりを家から離れていない場所でやっていたのだから、玄関前で三人の帰りを待っていた側としては焦れったいこと此の上ない。順番に拳を合わせる姿に黄瀬は自分も混ざると走り出そうとするが、青峰に首元を引っ張られ失敗に終わった。

「全く。邪魔してやるもんじゃないのだよ」
「なんで!?緑間っちだって行きたそうに握り拳作ってたじゃないっすか!」
「俺の此れは帰ってきた名前の頭に落とすものだ」
「ちょ!それこそなんで!」
「テツと名前が揃って出掛けちゃお前が煩いからだっての」

 背の高い男の目立つ言い争いに気分よく帰宅しようとしていた三人の足は止まっている。もう会話も聞きとれる場所にいるというのに、向こうは此方に気づいていないのか黄瀬を弄り続けている。
 うちに裏門あったっけ。なんて名前が明後日の方向に視線を向ければ、そんな便利なものがあれば今頃お家の中にいますと黒子が返す。小さい二人の会話に火神が入ろうと屈んでみせたことで、下腹部に二つの嫌みかという言葉と共に友情を交わしたはずの拳がはいり火神はいま現在言葉をなくしている。
 はてどうしようか。名前が玄関へと視線の先を変えてみれば此方に気づいていたらしい青峰の視線と交わった。音を紡がず発せられた言葉。口を動かしただけだというのに分かってしまう自分にくすぐったさを感じながら黒子の手を取り走りだした。

「青峰ただいま!」
「名前っち俺には!?」
「緑間くんもきーちゃんもただいま!」
「ただいま帰りました」
「おう、おかえり」
「二人のお守りご苦労さまだったのだよ」
「二人も黄瀬くんのお守りご苦労さまです」

 いつのまにか自分と黄瀬がお守りされていたという会話を繰り返している人達に、名前と黄瀬はおもしろくなさそうに家へと急ぐ。
 荷物を部屋に置いて、リビングのソファーに流れるように落ちて。手を洗っていないことを思い出した名前が慌てて洗面所へ向かうのを黄瀬は座ったまま待つ。
 彼女が戻ってくれば黄瀬もまた拳を差し出して。先程のやりとりを見られていたことに驚く人が動くのを、それはもういい笑顔で待っていた。

「例え名前っちが女の子でもバスケで勝負する時だけは手加減しないっすよ」
「望むところだよ。きーちゃんこそ接触で顔だけは傷つけないようにね?」
「冗談言ってられんのもコートの外だけっすから」

 こつん。拳を合わせる音が静かに部屋に響く。あまりに楽しそうに二人が笑うものだから手を出さずに玄関先で待っていた他の仲間もお互いに拳を合わせて。随分と変わったおかえりとただいまだけれど、それがいいのだと全員が思った。