試合終了の掛け声をリコが発するまでの間、コート上の誰もが時間を忘れ動いていた。息を呑むような試合。足が、ボールが床を叩く音でさえ耳に入らないくらいにあの場の雰囲気はまるで舞台のように人を惹きつけていた。勿論、自分達がそのような空気をつくっていたことは知らない。
 唯一人の女の子が混ざっただけの練習のゲームがこうも違うのか。体格差も身長差もありありと見せられていながら、かえって小ささを有利にしてるようにさえみえる名前の姿から目を離すことが出来なかったのだ。上手いとはいえ、特別な能力が開花されて彼等と渡り合えるわけではない。その自分に今何が出来るかを、何がしたいのかを最大限に生かして立つ凛々しさこそが彼女の武器なのだろう。
 ゲームを終えてマネージャー業に精を出していても同じこと。バスケに対する姿勢が彼等をひたすらに練習へ向き合わせる雰囲気をつくっていた。
 きっと事情を知る黒子や火神以外は彼女がバスケを部活としてやらなくなったことを不思議に思っていることだろう。最も、理由でさえ怪我や過去のトラウマといった重いものではないのは予想できた。
 楽しそうに走り回っている名前からはバスケに対しての引け目や憎悪といったものは何ひとつ見当たらなかったのだから。

「はい火神くん、ちょっと休憩ね。ゆっくり歩きながら呼吸整えよっか」

 個人練習に入った後、走り込みを行う火神の元へ向かった名前のシャツはどこか男物のように見えたのでドリンクを渡された側は見覚えのあるそれを考えながら歩く。隣で軽快な足取りで歩幅を合わせながら次のメニューを進める彼女の話は聞いちゃいるが、抜けてもいる。
 黒のシャツに英字のシンプルなデザイン。今さっき着替えたらしいものにふともう一度やれば見下ろした形で胸元が目に入ったものだから慌てて逸らして。上から見るには刺激が強いのを本人は知っているのだろうか。同級生だからこそ、目のやり場に困ってしまう。

「これ、どこかで見たことある気がするだが思い出せねーんだよな」

 わざと肩を叩いて煩悩退散。とっさに袖を掴み引いてやろうと思ったが、自分の浅はかな行動が後に布団の上で転がる羽目になっては適わない。

「これ?うーん、青峰が持ってるからそれじゃないかな」
「ってことは男もん?」
「そうだよー。中学生の時に青峰が持ってた男子バスケの雑誌に載っててね、欲しいから頼んでって言ったらサイズ違い自分にも買ってたみたいなの」
「だからみたことあるんだな。やっぱり一番小さいやつ?」
「気にしてること言うと監督さんに言いつけて、火神くんスペシャルメニュー組んでもらっちゃうよー」

 くすくすと、気にしているくせにうまいように返されては負けはどちらか決まったようなもの。顔をそらして続きしてきますとスピードを上げた火神の背中を見送った名前はそのまま他の選手のもとへ。
 場所場所で同じように触れられた話題に、中学でもバスケをしていた組は懐かしむように思い返していた。アメリカのプロ選手が着こなしていたものに少なくとも輝いた目でみていた中学生少年だったのだから。
 伊月や日向に限っては自分達も持っているとのことで、着たらお揃いですねという名前の発言に、背丈の高い二人の間に標準より小さめな女の子がお揃いの服で並べば兄妹にしか見えないと笑ってしまわないよう口を抑える始末。小金井の水戸部も持ってるって、なんて言葉には笑いをこらえられなかった二人は大笑い。普段の雰囲気も似てるところもある二人が同じ服を着たら部員からみれば兄妹も同然。これこそリコの制止がかかるまで空気をかえることは出来なかった。
 自分が選んだとはいえ、部活という独特の雰囲気は名前を懐かしく、またいとおしさを思いださせる。もう二度と隣のコートで走る六人と見守るさつきの姿を横目に練習は出来ない。
 分かっていながら戻れたらと過去に想いを馳せてしまうから、合宿中は電話がなろうが何しようが自宅にいる彼等とは連絡をとろうとしないつもりでいたというのに。夜になり与えられた部屋にいけば鳴り響く携帯に表示される黄瀬の文字に手を伸ばしてしまった。

「合宿中はきーちゃんの電話とらないよって言ったのに」
「あれ?俺限定だったんすか!?」
「二人はまず分かってて急用じゃなきゃ電話かけてこないもん」
「俺は名前っちがいなくてさみしさから急用なのに」

 夕食の準備の役割に青峰と緑間がついたこの期間、丼と和食ばかりでるだろう予想にイタリアンはパスタはとだだをこねる黄瀬はこどものよう。素直で優しく、人の気持ちに敏感だ。彼女が懐かしむことを分かっていて電話をかけているくらいに。
 出ないのならば必要なかったとしてそれでいい、もしちょっぴり胸が痛む夜ならばその心に毛布をかけましょう。思い出の切なさで夜を越さないように。

「大丈夫っすよ、すぐに会えるんだから」
「ちゃんと二人は連れて帰るから安心してね」
「もう、そんなこと言ってないっすよ」

 個別の部屋を与えられた名前がさつきのノートを片手に今日の選手の動きから明日の練習案を練っていく。朝食つくりの前にリコに渡せればそれでいいだろう。合宿のことを話せば何かに使えるかもと貸してくれた彼女の努力がつまったこのノート、ところどころにあるイラストがかわいくて女の子らしさをみせている。
 深夜になり、名前が眠たさで瞼を擦るまで黄瀬は電話を切ることなく付き合っていた。ただの一度すら懐かしくなったとも言わない女の子が素敵な夢に出迎えられるまで。
 明け方起きられなくて青峰に蹴られたことは内緒事だ。