陽も隠れ、肌寒くなったところで帝国学園サッカー部の練習は終わりを迎えた。後片付けを手伝っていた名前も部員達が着替えに部室に戻ってしまった今は一人で空を見上げている。
 校門で待っているようにと言われてから幾分か時間が進んだのだろう、温度調節されたスタジアムから一歩出れば頬に当たる外気が冷たい。冬にもなれば、遅くまで部活をやる子達は大変だろうな。レギュラーメンバー以外が校門を出ながら名前に挨拶をするのを会釈で返しながらそのようなことを考えていた。家業の手伝いもあり、遅くまで活動するような部活動には参加することを考えたこともなかった名前にとって、日が沈んでいく様子を校門から眺めるのもまた、珍しいことだった。

「悪い、遅くなった。寒くなかったか?」

 背後から掛けられた声に振り返れば咲山を先頭に先程まで一緒に活動してきた仲間達が話しながら此方へ向かってきた。大丈夫だと一言言えば、寒かったらジャージを貸すから羽織れと返す咲山と名前の会話に周りは恋人のようだ、兄妹のようだと声をあげる。
 普段ならば黙らせようと口を開くであろう相手に茶々を入れたのだから、さて怒られちゃうまえに逃げますかと駆け出す準備をする成神の視界に飛び込んできたのは、今まで見たこともないような彼のやわらかい笑みだった。最も、口元はマスクで隠れている為確認出来ないが、お転婆すぎる妹はごめんだと目を細めるのだ。
 その姿に目を丸くする人達の中で一人辺見だけがいつも通りだと鼻で笑いながら歩き出したことにより、何時もとは一味違った帰路になった。

「そういえば名前ちゃんって何処の学校?」
「僕、此の制服どこかで見たことあるんだよね」
「洞面も?俺も何か気になってたんだよね!」

 成神の質問にさて、何処だろうね、と名前が答える。洞面が近場である傘美野や野生中の名前を挙げるが名前は一向に首を縦に振らない。試しに椋本がヒントが欲しいと言えば、そうだね、と一度口を閉ざして後ろにいる咲山と辺見の顔を見る。後ろを見ながら歩くな、辺見が手で追い払う仕草をする。
 もしも帝国学園が男子校でなければ、名前は迷いも無く二人の背中を追いかけただろう。幼稚舎から帝国学園の一員であった者を追いかける術を持たない。せめて近場にしようと子供心に決めたものだった。自分の問いに答えを貰えない椋本が首を横に傾げたのを見て思い出に浸っていたことに気づき、言葉を紡いだ。ジャージなら見慣れているかもしれないね、と。
 一方、一年生達が楽しそうに会話する姿を眺めながら二年生達は佐久間を中心に明日からの練習や合同合宿について話を始めていた。長期休暇を利用して、明日も朝から練習をしたい。明日には不動も来るから苗字の紹介をしてすぐに対雷門のフォーメーションの練習、試合形式の練習後に個人練習。昼休みを挟んで佐久間と不動を中心にして午前中の反省点を挙げてからポジションごとに。
 順序よく説明をする佐久間の姿に、一度は鬼道が帝国を去ったことで彼を参謀という立ち位置のままサッカーをさせることに心配−ここでは彼の力量を不安に思ったのではなく、彼がそうでありたいかと思うことに対してだ−したものの、彼が自らの意思で此の学校を引っ張っていくと決めた姿勢に、仲間達は安心したような目で見ていた。視線に気づいて毒を吐かれては嫌なので、あくまでもこっそりとだけれども。

「じゃあ私は此処で」
「そっか、名前ちゃん電車で来たってさっき言ってたもんね」

 残念、僕達は徒歩だから此処でお別れだね。一年生三人と駅を挟んで帰路が別れたことで足を止める。五歩程後ろを歩いていた二年生も合流し、それぞれが自宅が近い者とで集まってから電車を使う者に向かい手を振った。電車通学の者が多いので名前も二年生何人かと駅構内までは共にしたものの、結局はご近所さんである咲山と辺見と三人になってしまった。
 別れ際に源田に頭を撫でられたことを兄が出来たみたいだと笑って話す彼女に、そういえば一年生の頭を撫でているのを見たことあると辺見がもらせば、まるで帝国サッカー部の母親みたいだと頬を緩める名前。間違いではないだろうなあ、男二人は部活中に世話をやいては嬉しそうにしていた源田の姿を思い出した。
 電車に揺られて最寄り駅まで行き、自宅の近くまで三人で歩く。暗くなったとはいえ、まだ夜ではないからいいのに。幼馴染達は揃いも揃って送ると言ってはきかない。歩きながら咲山がもらしたことがある。幾らなんでも急で迷惑だったか、お前も家のこととか忙しいのに。気にしなくていい、寧ろ喜んで手伝わせて欲しいのにね。
 玄関先まで送ってくれればもう一人の過保護のお目付け役が夕食までに帰ってきたことに喜んでいる。坊っちゃん達も何時もながら送ってくれてありがとうございました。慣れているのか、坊ちゃんと言われても素直に受け止める咲山と照れくさそうにする辺見を横目に名前は玄関の扉を開ける。

「明日迎えにいく」
「って行って俺も行かなきゃいけねーんだろ?」
「来たくなきゃてめーは来なくていい」
「へいへい、済みませんでしたっと」

 後で時間とか連絡するから。背中越しに聞いていたやり取りに振り返れば二人はもう道路の向こうを目指して歩いている。玄関の扉を閉めて靴を脱ぐ。出発前には無かった美味しそうな匂いがしてきた。夜は魚だ、相変わらず和食ばかりだけどそれがまた好きなのだから文句は言えないね。機嫌が良い名前が何か手伝いますと台所へ向かった。
 彼女の一週間が幕を開けた。