源田が彼女を連れて部室へ向かうのを見送ってから一同は練習を再開した。練習の合間に時折此方の姿を見ながら、ドリンクを運んだりタオルを運んだりする姿は歩幅の狭さもありまるで小動物が動いているようでもある。本人にはその気が無い為、幼馴染の頼み事に気分も上々で飛び上がってるだけに過ぎず、彼女のやんちゃぶりを知る人間にもいつも通りにしか見えていないけれども。
 元々世話焼きの源田だった為か、ひとつ仕事を終える度にゴール際から褒め言葉をあげていたり、近くにいる時は一年生が良いプレーをした時みたいに頭を撫でてあげたりしていた。名前も名前で、普段はぶっきらぼうに頭を撫でてくれる咲山か辺見しか知らない為、優しく撫でられるのが余程気にいったのか事あるごとに源田に報告しにいっている。
 そんな一連の流れを知らない人が見たら怯えるのではないかという表情で見ている咲山と、どうしたものかと溜息を付く辺見のコンビを面白いものを見つけたようにアイコンタクトをする一年生達を寺門が面倒くさそうに眺めているうちに部活の時間は終わりを告げた。
 辺見が、咲山が彼女を呼ぶと言ったことに頭を抱えたのは此れも一つの理由だった。部活終了後、早速懐かれてしまった源田が嬉しそうに名前を構っている後ろで機嫌悪そうにしている咲山が腕を鳴らして此方を見ている。過保護な咲山が自ら助けを呼んだとはいえ、普段女子中に通う彼女の傍に居る男は家の者か自分か俺しかいない。変な虫が付いたら容赦無く潰してやろうという勢いの兄貴のような幼馴染の手によって、帝国生ならまだしも、雷門生に何かあったらどうするつもりだ。
 結局の所、自分が目を見張らせていなくてはいけないな、なんて思う辺見の顔も満更でも無さそうである。

「そういえばですね、さっき咲山先輩を探してる人いたんです」

 名前と一緒になって源田にしがみ付いていた成神が口を開く。名前を呼ばれた本人より、何があったのかと首を傾げる名前の仕草に辺見が慌てて先を言わないように駆けつけようとしたのだが、それよりも早く現場に一緒に居たらしい洞面が続きを口にしてしまう。何でも、以前喧嘩で負けたらしい同級生がもう一度勝負をと彼を探しにサッカースタジアム付近まで来ていたとか。其れを聞くな否や、ふーん、なんて他人が聞けばどうということもない声をだしながら源田から離れた名前が首を鳴らす。ちょっとお手洗いに、なんてにこやかに言う名前に手を振る源田達を他所に冗談じゃないと駆け出したのは辺見だった。
 だから嫌だったんだ。頭を抱えた理由のもう一つが此処にあった。彼女も彼女で幼馴染のことになると口より先に手と足が出るのだから。
 咲山同様に喧嘩慣れした彼女が簡単に傷を負うとは思えないが、一応は女の子だろお前は、今度こそ溜息を吐き出した辺見の後ろで、どちらが過保護かとマスクの下で口元を上げたのは咲山だった。名前も咲山も自分達の行動に振り回される辺見を分かっていながら行動を選んでいる。現に辺見が彼女に追いついたのは、名前が拳を上げたその瞬間であり、其の手を掴んで自分の後ろに引っ込めながら自分達の前にいる数人に蹴りを入れたのだ。渡ちゃんの優しさって不器用だよねえ、名前がそんなことを考えているとは知らずに辺見は今日も懲りず仮にも女の子だろうと説教するのだった。