過去を振り返る時が訪れた日には、弥谷は此の一週間を変化の七日間と云うだろう。向き合えなかった自分自身の心にも、現実にも手を伸ばし掴んであげるくらいの余裕が出来た。深い困惑に捕らわれた自らの弱い心を受け止めてくれる人の存在にも気づけたのだ。
 此れ以上に何を望もうか。視線の先で微笑む名前を引き寄せて肩に顔を埋める。彼が自分の手をとったことで落下した荷物に驚いたのだろう。名前は肩を上げたものの、今は弥谷の息遣いを感じてしまい動くに動けなかった。
 あたたかい息がくすぐったくて、何故かいとおしいのだ。甘えられていることが嬉しくて絡んだ指先に力を込めて手を握り合う。傍から見たら恋人同士の抱擁に近い行為に速まる鼓動に上昇する体温。もぞもぞと顔を動かす弥谷がこどものようだと名前は思った。

「お前のおかげで気が楽になった」
「うん」
「また彼奴等とサッカーする約束も名前のおかげで出来た」
「それは弥谷くんが自分でやったんだよ」
「名前、好きだ」
「うん」
「…何の返事だよ今のは」
「弥谷くんが好きだよ、の意味だよ」

 抱きしめてもいいか。尋ねても今さらだろうことでも、弥谷は確認をとって名前の返事を待つ。いいよ、弥谷くんなら。耳元で聞こえる声に手を離して抱きしめる。
 近くにいても、寄り添うことはあっても、抱きしめるのは初めてだった。おそるおそる手を伸ばした俺とは違い、名前は全てを預けて力を抜いてくれている。信頼と、愛情と言っていいのだろうか。

「なあ名前、ありがとな」

 そっと身体を離して頬を撫でる。目を閉じられては次の行為に手を伸ばしたくもなるけれど、少しずつ進むことを決めたのも自分だ。苗字でなく名前で呼んで欲しいなどという願望も、次の段階にしておこう。弥谷は名前の唇を二、三度指の腹でなぞってから自宅の扉を開けた。
 帰宅する時間を予め伝えられていた両親は久々に帰ってきたわが子が、一週間前よりもいい顔をしていたことに安堵し、名前が彼に与えた言葉と同じ言葉を弥谷に送る。おかえりなさい剣ちゃん。
 翌日の朝、自室でくつろぐ弥谷は目の開閉を繰り返した。彼女の部屋は天井に装飾がしてあったのは記憶に新しい。昨日まで見ていた天井と違うことに再び違和感を感じていると、下の階から自分を呼ぶ声がする。行儀は悪いが、このまま大声で返事をしたところ、名前ちゃんが来ていると母親は再度声を上げた。用がある時は連絡してからくるのにどうしたのだろうか。サンダルに足を引っ掛けて玄関の扉を開いた先には、満面の笑みでサッカーボールを持った名前がそこには居た。一週間前と変わらぬ、弥谷の好きな笑顔で。

「弥谷くん、一緒にサッカーしよう?」
「断るはずもないんだから、尋ねないで引っ張っていってもいいんだからな」