現在入院している仲間は佐久間と源田だけだった。禁断の技、弥谷も彼等がその技を習得しようと血の滲む努力をしてきたのは此の目で見ている。エイリア石の効果を持ってでも、安易にはいかないその技を、禁断の技だと知ったのは試合当日であった。
 フィールドで痛みに顔を歪める友人に本当は駆け寄りたかったが、彼等がその行為を喜ばないことは分かっていたのだ。拳を握り試合に集中する。あの場を逃げ出した後に救急車で運ばれる二人がかつての仲間と和解しているのを物陰からみて、何もしてあげれなかったことに、今も尚後悔している。
弥谷の険しい表情に、名前は繋いでいた手をそっと離した。

「私、部屋の前で待ってるね」
「見舞いは多いほうがいいだろ、入ればいいよ」
「知らない人が来たら嫌じゃない?」
「そんなこと気にするような奴等じゃないよ」

 部屋の中から佐久間のものと思われる返事が聞こえ、名前の手を引き室内へ移動する。弥谷のいきなりの訪問に二人も驚いた顔をするが、元気そうな姿をみてほっとしたのだろう、こっちへ来いと言ってみせた。

「弥谷、その子は誰だ?」
「あの、弥谷くんの友達で…」
「苗字名前、俺の幼馴染。名前、源田見た目より怖くないから」
「見た目より、か。苗字さんも見舞いに来てくれたのか?」

 源田のにこやかな表情に緊張も解れたのか頷いてみせる名前に、人見知りはまだ直らないのかと弥谷は苦笑した。名前の人見知りは幼い頃のものであり、何かあれば己が手を引いていたものだった。小さい頃は格好をつけたかったのだろうが、今となっては、そんな彼女の人見知りもいつかは直ればいいくらいには思えるようになっている。子供の独占欲は可愛らしいものなのかもしれない。
 二人のベッドの間に椅子を出させて貰い、何気ない会話を繰り返す三人を横目に名前は二人の怪我のことばかりを考えていた。弥谷は先程の診察でも何も悪いところはないと言っていたのだが、やはり隠しているのかもしれない。佐久間と源田の身体に巻かれた包帯とベッド脇にある荷物の多さに、長期入院であることは見て取れた。
 彼等は本当は何を目的であの場所に居たのだろうか。名前を含め、一般人の殆どは彼等が何をしていたのかは知らない。サッカーをしていたという漠然なものでしかない事実の中に、大怪我を負う理由はどこにあるのか。時折二人の怪我をみては、何も出来ない自分が悔しくなってしまう。
 赤の他人がこんなことを考えてると知ったら、迷惑に思われるだろう。唇を噛締めて下を向く。彼女のそんな姿を視界に入れていた弥谷はわざとらしくため息をついて、そっと頭を撫でた。

「お前が悩むことじゃないだろ?二人も、治ればまたサッカー出来るんだ」
「弥谷、こいつどうかしたのか?」
「大方お前と源田の怪我を見て、何も出来ないとか思ってるんだろうよ」
「苗字さんのせいではない、気に病むことはないんだぞ?」
「そうそう源田の言う通り、俺等の責任だからお前が悩むことないだろ」

 弥谷のぬくもりと二人の優しい言葉に思わず泣きそうになる。どうして慰めて貰うのが私になってしまっているんだろう。下を向いていられないと面を上げれば、自分が思っていたよりも醜い顔になっていたらしい。弥谷は変な顔を二人に見せるなと名前の顔を自分の袖で拭いてあげている。
 いきなり泣き出しそうな顔をしている名前に、一瞬と惑った二人も、ありがとうと告げ、佐久間は自由な手で先ほどの弥谷よりも些か乱暴な手つきで頭を撫でた。手が使えないことに誰が見てもしょんぼりとする源田を佐久間と弥谷は頭を撫でられなくてしょぼくれる男がいるかと笑っている。名前もまさか自分が原因で源田が落ち込んでいるとは思ってもいなかったので慌てて元気だということを身振り手振りで表すが、源田も落ち込んではいないと慌てるので何とも面白い光景になってしまった。
 面会終了時間も近い、弥谷が席を立ったところで名前も二人に頭をさげる。佐久間の提案で携帯のアドレス交換をする名前達を微笑ましそうに弥谷は眺めた。人見知りの彼女に新しい友人、それが自分の仲間であるとはなんと幸せなことだろう。携帯を握り締める女の子の姿もまた、幸せそうだった。
 次に会うときは頭を撫でるという源田と、サッカーを教えてやるという佐久間と約束を交わしてから岐路に着く。佐久間さんと源田さん早くサッカー出来るようになるといいね。夕焼けを背に名前がもらした希望は、三人の希望でもある。
 彼女を付き添いに見舞いに行ったのは偶然とはいえ、少しでも二人が楽しい時間を過ごせたようで弥谷もまた嬉しくなった火曜日を過ごした。