「あんたって一体どっちだったりするの。敵?味方?」

 我ながら下らない質問だとは思うけれど問わずにはいられない。だってどうよ、気持ち良く喘ぎながらこいつの名前を幾度も呼んでいて触れられる度に飛び上がる心臓を誤魔化しながら求めるようにズボンを穿いた彼の腰に手を回したら黒い物体、見えちゃったんだよね。しかも其処に今世紀最大の驚愕とでも云わせたいのかボンゴレと彫ってあるんだよ、其処の物体の底にだよ、底に。皮肉なことにうちの敵だったり。

「質問答えてくんない?」
「其れさ、してる最中に聞く?」
「生憎あたしは時場所場合なんて気にして生きる人間じゃないんで」

 あんたもでしょ、ボンゴレからの偵察さん。それとも暗部さんとでも云えばいい?
 嫌味も込めて云ったはずなのに当の山本本人はあたしの上から退こうとしないばかりか冷えきった腕で抱き締めてくる。その熱に侵食されるのを恐れて一発渾身の拳を入れたのに微動だにしない程好い筋肉を備えた腹に嫌悪します。
 敵、味方、何も半分ですだなんて答えるような問題を出しちゃいない。あたしは只黒か白かを問いているだけだというのに。

「其れ答えたら続きしていい?」
「冗談、気分萎えたんで」
「じゃあ言わねー」
「いいよ、なら退いて」

 今の今まで気付かなかったのは何でなんだろう。二年と半くらい彼と生活を共にしてたのに。あたしの住居で、彼の敵のアジト内部で。仕事だってしてきたけど今思えば二人で殺しになんか出掛けた事は無かったかもしれない。寧ろ新人扱いでデスクワーク派として何処かから招かれた彼がそんな殺生を背中に背負っていたとは思いもしなかったのも一つ。
 あたし達はお互いの事に干渉することが余り無かったが故に呼び込んだ結果だったというわけか。
 下らない、帰りを待つ人間が居てくれることの平和と安堵にあたしは感覚が鈍っていた。

「退けって哀しいな」

 滑り落ちるように山本はそう漏らすとあたしに見せたことの無いような厭らしい笑みを浮かべた。此の詐欺師め、そうやってお前はあたしの気持ちまでも騙していたの。本気になってたあたしを見物していただなんて子供でも無いのに其んな要素にばかり泣きそうになるあたしってかなり愚かじゃない。
 此処はマフィアの女らしく敵だった彼をベッドに常備させてある黒で心臓に穴を開けるべきじゃないのか。ゆるりと退いていく彼は何事も無かったのようにベッドに腰掛けて煙草をふかしながらも「あーあ、バレちまったな」なんて言い出した。バレ無いで居たつもりならば其の忌まわしい名前を削り落としてから来れば良かったのに、準備が甘いんじゃないの?

「此れからどうするの?」
「んー、どうすっかね」
「悪いけどあたしはあんたを殺せない」
「どうして?」
「余計な情を抱いているからね」

 其れが邪魔をして引き金何て引けやしない。他の仲間に滴が混ざり込んでましただなんて告げて彼が殺されるのも見たくなければ、其れに反抗するあんたが血を浴びるのも見たくない。
 とんだ大馬鹿者になってしまった。此れも何れも全てあんたに恋心を持ってしまったからだ。

「バレちまったからにはもう此処には居られねーよな」
「あんた仕事は、あたしを殺さないの。うちを潰さないの?」
「本当は其の筈だったんだけどよ」

 生憎な事に俺もまた誰かさんに要らぬ情を持ってしまったせいで非常になれそうにも無いんだわ。此れ程残虐的な男に出逢ってしまった運命を神様とやらに怨みを植え付けたいものだ。「だから二人で逃げねえか?」上等、元から血に汚れた手を今更正常な道へと戻ろうとは思ってもいなかったし山本と一緒にだったら地獄への逃避行も惜しまない。

「二時間後に出るから支度しといてな」
「あんたは何処に行くのよ」
「身代わり探し?」

 ひらりと片手を上げた彼を部屋から見送るあたしは状況判断処理に追われながらも産まれた姿のままになっている見るに絶えない身体にまず第一に部屋に一着しかない普段着用白いワンピースを着せてあげて、乱れた髪と化粧を整えた。
 二時間後に戻ってきた彼はダミーです、と精密に作られた人間の人形を持ってきた。此れに幻覚御願いします、だなんて此処で生きた者を犠牲にしていなかった彼にもう微笑みかけることしか出来ない。
 あたしに幻術を掛けられた二人はあたかも見た目はあたしと彼その者で、死因は銃殺による大量出血。嫌だなあ、あたしはそんな死に方。死ぬときはどうか貴方の隣で。
 同じ人物が二人存在するのは駄目だろう、ベランダから山本に抱えられて逃げ出すあたしは成り損ないのお伽噺のヒロインとでもいうのか。「何処へ逃げようか」じゃあ取り合えずまずは地球の裏側へ行って今までの絶望を埋葬しにいこう。
 もうあたし達は誰かを犠牲を糧にして手に入れる幸せでは無くて、自らが生み出す幸せをもがきながらも噛み締める、そんな世界を創造していくんだから。