綺麗な夜だった。初めて彼女に出逢う、という行為を意図的に行った日は。
 触れられそうでもどかしくて、それでも触れてはいけないような一線が僕と彼女の間には存在していたことに不器用な感情が騒ぎ立てていたあの頃は、世の中が情報に溺れて居た。既に死を迎えて墓石に名前を刻まれてから何百との月日が巡ったとある学者の日記に掛かれていた「世界が破滅する日」なんて、馬鹿馬鹿しい御伽話を脳に刻み込んだ人間は発達し過ぎたが故に危険を恐れ死を恐怖する。周りが慌て狂う姿は皆同じで興味の情は湧いて来ない。
 気晴らしのつもりで公園へ歩みを進めた僕の目には、歳の変わらぬ少女が孤独に空を仰ぐ姿が飛び込み焼き付いた。其れは満天の星が彼女を照らす為に何億年も掛けて会いに来たぐらいの非現実な幻想を詠いたくなる様な程にも神秘的な絵図だった。下らない、他人に興味を持つ自分なんて。
 そう自分に云い聞かせていたのにも関わらず同じ場所へと出向き、咄嗟に声を掛けた僕を久々に見る人間の笑顔を見せた次の日。何時しか僕は毎日月が空に上がる時刻に彼女へ会いに行った。

 神と空想の支配者の世界の破滅告知まで後二日。
 自我を保つ僕は普段と変わらない足取りで彼女が居る公園へと向かう。ベンチの左側を開けて座る彼女の予想通りに隣へ座り、絶え間ない会話を繰り返す。自然と繋がれた手が温かみを帯びていて彼女が、僕が、人間である確証を植え付けた。破滅を虚言と知る僕とは違い全てを信じる彼女でも他の人間とは異なり穏やかな表情を浮かべ続ける。彼女には僕と同じく恐怖の二文字は存在しないのだろうか。立ち上がり空へと透かす姿は誰よりも凛々しくて綺麗だった。あの日の空に彼女も似ていた。

「雲雀くん。世界が死を宣告されて私達が消えた其の日には星座になろうね」

 肉が大破した一人の戯れ言に此うも躍らされる君を見ていると、嘘を解いた亡き人が羨ましくも感じるよ。案外僕にも人間らしい感情の一つくらい残っているらしい。
 夏の生暖かい風が二人を包む。様々な意味で儚い君の存在、手を伸ばしたらすり抜けてしまうのでは無いか。また一つ、人間らしい恐怖の感情を覚える。白の服が視界でぼやけて遠く感じた時、背景と一体化した彼女が消えてしまいそうで脳が指令を出すよりも先に働いた本能が彼女を捉え、骨が音を立てる程に強く胸に引き寄せた。
 地球が回る事を止める日が万が一、僕等が生きる時の中に起こりうる事があったならば彼女を抱いたまま望み通り肉体の消滅を糧に星座になりたい。