本の頁を捲る音、テレビゲームをする者の漏れ出す声。好き好きに個人の時間を楽しむ夜の自由は手が空いた者から順にお風呂に入ることになっている。順番など特に決まっていないし、ロードワークしてくるから俺は後でいいと言うものも入れば、早寝をしたいから先に入りたいと主張する者もいる。
 今も緑間が風呂に浸かっているところで、名前と青峰と黄瀬はテレビゲームに夢中になっていた。静かに食後の時間を過ごしている黒子は少しだけ困ったように眉を下げる笠松の姿が視界に入る。どうしたものかと声を掛けてみるべきなのだろうが、視線は名前と黄瀬を行き来しているのだ。どうやら悩みの種はどちらかに尋ねたいものなのか、解決出来るものなのかのどちらかだろう。然しながら自分たちの世界に入った三人には周りが見えてなさそうである。
 わざとらしくため息をついた黒子は、食卓の上にあったリモコンで容赦なくテレビ画面を黒く染めてやった。

「ああ!ちょっと誰っか!今いいところだったのに!」
「ポーズ!きーちゃんとりあえずポーズ!ゲームの画面止めないと!」
「うっせーよ二人共、耳元で騒ぐなっての」
「青峰は物陰に隠れてたんだからいいでしょ!ドンキー使うくせに何隠れてんのっ!」
「三人ともお静かに。それと、名前さんと黄瀬くん、笠松先輩が御用があるみたいですよ」

 黒子の台詞に勢い良く振り返った二人の頬は空気を含んで膨らんでいる。大乱闘と名がついたゲームをしていた二人の手元はコントローラーが強く握り締められていた。誰がどのキャラクターで勝負をしていたか、そもそも画面すら見ていなかった笠松には分からないが、どうやら黄瀬と名前が有利になっていたことは分かる。
 そうはいえ、原因をつくったのは自分だが意地が悪い方法で手を止めたのは黒子なのだから、ご機嫌斜めなこどもの表情を向けられるのは理不尽ではないだろうか。次に画面が動き出したとき、二人の分身が底に落ちていたら泣き真似までされてしまうかもしれない。そうなったときは大人しく、黒子の仕業だったと告げ口してやろうと決めたところで、眉を下げていた理由を話すことにした。

「寝る為のジャージ、なんか貸してくれねーか?」
「あれ?俺、貸さなかったっすか?」
「あっ!そうだった…今日あんまり天気よくないからって中干しにしちゃったから乾いてないんだった。ごめんなさい先輩、わたし気が利かなくて」
「いや、俺もいま気がついたし謝る程のことでもねーよ」
「きーちゃん、なんかジャージ持ってきて?」
「了解。先輩ちょっとだけ待っててくださいっす」

 誰のものでもいいのだけれど、何と無くでも自分の後輩かそれ以外の知り合いのかと聞かれたら普段より顔を合わせている後輩のものを借りた方が気が楽だというものがある。
 黄瀬が自室へ向かい、名前がならタオルもないはずだと立ち上がり風呂場に向かへば一瞬にして居間は静かになる。対戦相手が二人もいなくなってはゲームの続きが出来ないので青峰も大人しく二人を待つのかと思えばどうやら違うようで、リモコンを手にとりテレビに明かりをつけたかと思えば、黄瀬が使っていたリモコンを手にとり、休憩画面から戦闘画面へと切り返す。
 まさか、と笠松がやめてやれと言うより先に己の分身で黄瀬が使っていたであろう緑の服を身に纏った青年をフィールドから押し出す。同じように、おそらく名前の分身であっただろう黄色い生き物も底に真っ逆さまだ。
 そのまま何事もなかったかのように物陰に分身を戻した青峰はもう一度黄瀬のコントローラーを使い、元へと戻す。

「名前さんと黄瀬くん、怒りますよ?」
「いいんだって。これであいつ等の残りの数、俺と同じになったし」

 良くないだろうと言ってやろうかと一部始終を見ていた笠松が深く息を吐けば、リビングの扉は開けられて頭にタオルを乗せた緑間と名前が入ってくる。鉢合わせたらしく、これで丁度良く風呂場も空いたわけだ。
 俺は知らないからな。
 後から起こるだろうことが容易に想像できることで頭も痛くなる思いだが、続いて戻ってきた黄瀬に着替えを預かると早々に笠松は風呂場へ向かう。これは早いに越したことはないのだ。
 廊下を歩き風呂場へ向かえば、洗濯機の上に名前が準備してくれただろうバスタオルを見つける。そこに着替えを置こうと思ったときにバスタオルの上に小さなメモ用紙が一枚あるのに気づいた。誰からかなんて考える必要もなく、気づけなくてごめんなさいの文字と共に描かれた猫が涙を流している。思ったよりも気にしているのかもしれない。風呂から上がったら、大したことではないのだからと言ってあげようと、メモ用紙を二つに折り曲げ、脱ぐ前の制服のズボンへと押し込んだところで居間から、想像していた通りの展開が起こったらしく彼女と黄瀬の小さな悲鳴が聞こえた。おそらく一番のとばっちりは状況を理解していない緑間だろう。
 コンビニに出かけた火神が帰宅したら、彼もまた言い争いの仲裁に入るのだろう。この家に静かな時間はあるのだろうかと、呆れているような台詞が頭に浮かんだって嫌だと思わない自分がいた。