夕暮れの赤に、落とされたように滲む青の空。あたたかな色が浮かぶ中で名前は待ち合わせしたスーパーの入り口で上を見上げる。本来ならば本日の夕飯の買出しに黄瀬が付き添いで来る予定だったのだが、部活終了後への呼び出しをされてしまったとのことで、代わりに俺が行くと笠松から電話を貰っていたのだ。
 メニューも決まっていたことだし荷物も多くないので大丈夫だと告げたが、一週間は家族だから手伝うと電話口で言われてしまえば断れやしない。
 誠実さ、そして周りを見る意思の強い目が浮かぶようで、つい嬉しくなってしまうのだ。
 二人きりで何を話そうかだなんて慌てることはない。家のこともあるが、自分の憧れのバスケ選手が彼なのだから自然と話はそちらに逸れていくことだろう。笠松は名前がバスケをプレイヤーとして行っていたことを知っている。実のところ、彼女のかつてのポジションが彼と同じポイントガードだったこともあり、今彼が見ている世界がどのような色をしているのかも気になってしまうのだ。
 早くこないかな、なんて。これでは恋人を待つ人のようだと恥ずかしさから首を左右に振って落ち着きを取り戻していれば、待ち合わせ時間より少し早いというのに走っている笠松の姿を捉えた。

「悪い、待たせちまったか?」
「待ち合わせ時間より前ですよ、気にしないでください」
「いや、でも待たせちまったのには変わりないだろ」

 もう一度悪かったな、と眉を下げる彼の姿に、今度は目に浮かぶわけではなく目の前でその誠実さを視ることが出来た。先に着いていることを知らせてはいないのだが、学校からの距離を考えて名前の方が早く着いてしまうと考えた故の結果らしい。
 走ったとはいえ、走ることに慣れた脚と身体は汗ひとつさえ見せることはない。
 隣に並んで店内に入れば、名前が掴むより先に有無を言わさず籠を持つ笠松の姿に、先程から嬉しさが募るばかりだ。生活を共にするからこその買出しを一緒に行う。気恥ずかしいようで、喜ばしい。

「今日の夕飯は何にするんだっけか」
「黒子くんのリクエストでシチューになりました!」
「そうか。じゃあまずは…」
「入り口から近い順に野菜からで…。そうだ、今日はお肉特売日なので売り切れないうちにそちら先に行っていいですか?」
「かまわねえよ。俺は場所分からないし、名字に着いていく」

 売り場と売り場を行き来しながらの会話はやはりバスケのことで、普段はあまり聞くことのない先輩目線からの黄瀬の動きから、他校のライバルである彼等のプレイのこと。
 目を輝かせながら聞き入る名前を目の前に、女の子相手でも彼女だからあまり緊張しないで済むと思って安心していた笠松は、理由のひとつに共通点にバスケがあることを身をもって理解する。好きなものの共通があり、そこには男女の壁も先輩後輩の壁もない。試合で感じたことを告げれば、私であればこうしたかもしれないと、よく知る目で答えてくれる。
 バスケ馬鹿ばかりに囲まれているのは大変ではないかと思ったこともあったが、なるほど彼女も誰よりもバスケ馬鹿なのだ。自分の意見を述べるうちに身体が跳ねそうになる名前の頭を数度叩いて、ちゃんと聞いているから落ち着けと言ってやれば、だって楽しいんですもんなんて、この目はバスケ馬鹿と合わせ、自分の認めた尊敬した人に対しては面白い程に心を開く黄瀬とも似ていると思わずにはいられない。

「それとですね、先輩のところのリバウンドが強い先輩の…あ、いけない!」「どうかしたか?」
「明日のお弁当の分のお肉買わないと…!」
「とってきてやろうか?」
「すぐとってきますので、先輩は此処で待っていてください!」

 重たい荷物持って貰っていますから、と早足で先程通り過ぎた生肉コーナーを目指す名前を見送り、持っている籠へと笠松は視線を降ろす。特に重たいと感じないが、学校帰りということもありエナメルの鞄を背負っているのがあるからかもしれない。加えて、いいから持たせろと彼女の手持ち鞄も自分の手にはあるのだ。
 食材をとるのに邪魔だろうと言い出したに過ぎないが、そういえば一人で買出しするのが大半だと言っていた彼女は普段はこれを全て自分で持っているのだ。
 決めたものしか買わないと余計なものが入っていないはずの買い物籠も育ち盛りの男子高校生が大勢いるのもあり、女の子が持つには重たいのではないだろうか。慣れたからと言われてしまったらそれまでなのだが、何故かそんなことに慣れている彼女のひとり買い物する姿を想像すると少しだけ寂しそうに思えてしまう。部活動解散時に黄瀬に自分が彼女の付き添いをすると告げたときに、ほっとした顔でお礼を言われた理由をなんとなく分かってしまった気がする。
 安い肉が手に入ったのだと戻ってきた彼女の頭を撫でたのは、バスケの話を聞いていたときとは違う感情からきている。

「肉がいい肉がいいって言うんで、彩りいいお弁当の中身考えるのが大変なんですよ。火神くんが」
「そこは自分がって言っとけよ」
「私は楽しいからいいんです。これ食べて午後も頑張って、それでバスケしてくれるのかと思ったらお弁当の中身を考える時間が楽しくて仕方がないですから」
「今日の弁当は名字が作ったのか?」
「はい、大半がそうですね。もしかして苦手なものとかありましたか?」
「いや、全部美味しかった。手作り弁当なんて久々だったし、まあ、嬉しかった」

 ウインナーに切れ目が入り、動物の形になっていたらその日は名前が当番の日なんだと、これは黄瀬から聞いた話だが昼間蓋を開けながらなるほどと思ったものだ。昨日の弁当も確かに美味しく彩りもあったが、そのような細工はしていなかった。後から聞けば火神の当番の日だったらしい。芋や豆の甘く煮たものがあれば緑間だし、肉ばかりならば自分か青峰の当番の日であり、タレより塩の味付けが多ければ黒子が当番の日である。
 このように蓋を開けただけで、なんとなく今日は誰が当番だったんだって思い返すのも楽しいもんだとも聞いている。最も、料理に関しては火神と名前の当番が多い為、肉だらけの弁当には滅多にならないのだとも笑っていたが。
 バスケの話もしながら、金曜日の弁当も自分が担当だから食べたいものがあれば言ってくださいと隣の小さな背丈の女の子を横目に、たまには買出しも悪くないのだと思う笠松の心は既に金曜日に向かっていた。