速水くんはお洒落さんだね。休日の昼下がり、商店街を散歩している俺と出会った彼女は開口一番に俺を褒めた。そういえば私服見るのは初めてだったと笑みを零す苗字さんの一声一声が鮮明な音となり耳に届くからだろうか、先程から流し続けている聴き慣れた音楽が煩く感じる。眩し過ぎる光に照らされて焦げてしまうまえに早く、早く。挨拶すら返せずに俺は走り出した。
 苗字さんは会話を多く繰り返すようになったその日から、一日一回は俺を褒めている。脚が速いのが羨ましいと、サッカー上手になってきたと、ある日は綺麗な瞳をしていると眼鏡をとろうとしたものだから声が裏返ったものだった。
 彼女は言う、速水くんが自分に自信が持てないと下を向くなら私は前を向いてくれるまで、速水くんのいいところを私の口から教えてあげるね。
 消極的な俺と違い、彼女はとても眩しく思えた。俺に無いものを両手に抱えている彼女に褒められる長所が、嬉しくて、嫌らしい。俺よりもそれを得意とする人が、他に認められる人が沢山居るだろうに。何故、褒めてくれるかが分からなかった。
 ただ優れていると言われれば言われる程に、彼女の中の自分が立派になっていくのが幸せでもあり、悲しくも思ってしまうのだ。いいところがなければ、見てくれないのか。苗字さんは俺の為を思ってしてくれている行動に、勝手な好意のせいで素直に喜ぶことも出来ずに逃げてしまうのだ。今も、そうだ。学校の外で折角会えたのだからお茶にでも誘えばよかったのに、背中を向けてあてもなく走っては公園の隅で小さくなっている。

「お洒落って言葉は嬉しくなかった?」
「そうじゃありませんよ」
「逃げられちゃったから、嫌なのかと思ったよ」

 追いかけてきたんですね。声を掛けてもらいながらも逃げだした人を、貴女はこうして探しにきてくれるんだ。
 自己嫌悪に陥りながらも一喜一憂する速水の隣に名前はしゃがみ込む。膝小僧に額をつけてまで小さくなろうとする人は、自分が思っているよりも魅力的だというのに。きっと他人から向けられる視線も気持ちも慣れていないのだろう。人から与えられるものに怯える姿から、笑って前を向いてもらうにはどうしたらいいのかな。名前なりに出した答えは間違っていたのかと思ってしまうが、隣から小さな声で褒めてくださりありがとういう言葉が発せられては強ち間違いではなかったと、心を落ち着かせることが出来た。

「速水くん、好きだよ」
「はい?」
「好き、速水くんのことが私は好きだよ」

 彼女の突拍子もない言葉に顔をあげれば、やっと目があったと微笑まれる。途端に言葉の意味を考えてしまい、本心からなのか、普段通り元気づけようとして言葉を選んだのかと、落ち着かない心で思考を巡らせていれば、嘘ではないと紡がれてしまうのだから余計に驚いた俺は先程から彼女の前では百面相だ。

「これは自信を持って欲しいとかじゃなくて、ただの本音。因みに今までのは私が思ってきた速水くんのいいところで、速水くんの好きなところです」

 名前が速水の隣に座り込めば、彼は勢いよく立ち上がる。立てば座り、座ればまた立つ。まるで隣に居るのを避けるような行為に、流石に行き成りすぎたかと名前は眉を垂らす。速水にとっては、隣に居るのが恥ずかしいだけのことに過ぎないのだけれども。

「好き、なんですか」
「そうだよ?」
「その、では、前を向いて欲しいというのは…」
「下を向いていたら顔合わせて会話出来ないでしょう?」

 それに、私の好きな人はこんなにいいところあるのだと言いたかったのだと口にされてはもう速水とて言葉を返せずに、名前の隣に腰を降ろした。一体、此の数ヶ月間、彼女を想い、与えられた言葉に一喜一憂していた自分は何なのかと頭を抱えてしまいたくなる。
 俺も好きですよ、とは言えないので、褒めてくださり嬉しいですとだけ返してみる。彼女にはそれで伝わったのか、良かったと笑っている。ひとつひとつ思い出すように苗字さんから貰った言葉を思い出し、彼女にこんなにも想われているのでは下を向いていられないと深く息をしてから立ち上がる。視線の下にいる苗字さんと目と目を合わせ、今からは貴女と目を合わせるためにも前を向きますと言ってみせれば、苗字さんは嬉しそうに、作戦は大成功だと俺が好きな真っ直ぐな瞳を俺に向けてくれた。