数ヶ月前の話だ。あの頃、時折つまらなそうに苦虫を潰したような顔で部活を行っていた部活があった。人々は口々に、彼等は我々の誇りだと学校の看板そのものなのだと嬉しそうに語っていた。彼等もまた期待に沿う結果を残していたものの、両手を広げて歓喜しているようには名前はとてもじゃないが思えなかった。
 ただ、時としてボールを胸に真っ直ぐと前を向いて一心不乱に蹴りだしては、力を受けた分身とも呼べるそれが空気を引き裂いていく様子を小さく頷いている姿も見ていた為、部活そのものも、ボールを蹴ることも嫌いじゃないんだろうけどなあ、なんて思っていた。そう、数ヶ月前の話だ。サッカー部が辛そうにサッカーをしていたのは。
 今となっては学校の者のサッカー関係者であれば、彼等の活躍を良くも悪くも注目せざるおえなくなっている。一般生徒からすれば今年もサッカー部は頑張っているなあ、で済むのだが名前はその一言で片付けてはいけないということを知る人間の一人に数えられている。
 数ヶ月前だ、あの時は私は何も知らないが故に特に此れといって興味を持っていなかったというのに。たまに校舎から見える二軍の子達の練習を眺めていたくらいだった。立派なサッカー塔があるのに彼等は今、太陽の下にわざわざでてサッカーをしている。設備が良い塔は今や部室とミーティングぐらいしかあまり使われていない。それを勿体ないとたまに思っちゃうのは、俺が二軍だったからなのかもしれないな。
 青山がもらした一言、私は彼が部活をやめた日から復帰するその日までの間に、サッカーの実態を教えてもらい、復帰してからはこうして彼等を眺める機会を増やしていた。青山の姿を見ていたい、それだけの理由で校舎から飛び出して校庭の側まで踏み出したのだった。

「お疲れ様。前よりも動きよくなったんじゃない?」
「あ、分かる?体力つけたからかな、足、速くなったんだ」
「それだけじゃないと思うけどね」

 顔、なんだか嬉しそうな表情だったよ。部活終わりの彼等がフィールドから上がってくるのに合わせて近づいていく。此方に気がついた青山が走ってきてくれたので、差し入れとしてドリンクを差し出す。他の子も私が来るのを見慣れたのか、特に何も言わずに通り過ぎていく。ただ、一年生の狩屋くんだけが面白いものを見つけたような顔で此方を見ていたが、すぐさま霧野くんに首根っこを捕まれて部室に連れていかれていた。
 自分の背後でそのようなことが起こっているとも知らない青山はドリンクを飲んで落ち着いたのか、いつもありがとうと笑ってみせた。私は此の顔見たさに毎日、とはいかないものも週に何度も彼に会いにきている。

「苗字もさ、結構サッカー部に関心持ってくれるようになっただろ?」
「最初は青山が弱音を吐いたのがきっかけだけどね」
「しょうがないだろ。弱音吐けるの、お前くらいしかいなかったんだし」

 照れくさそうに言う台詞かなあ。頬を掻く青山が可愛らしくみえてくる。たまたま二年間同じクラスで、仲が良かっただけなのに、青山は弱音を吐ける唯一の人間として私を見てくれている。
 ただの友達だった、私もあの日まではそうだったのに。教室の窓辺から何時ものようにサッカー部を眺める私の背中に寄りかかって、唇を噛み締めながらサッカーをやりたいだけなのにと泣き出す青山の背中は見てはいないけれど、とても小さく感じた。
 もう一人の仲良しの一乃と皆に黙って特訓して、サッカー部に戻れた時には笑って報告してくれた。そうだ、私は泣いている青山がみせた笑顔に惹かれて、今日も此処に立っている。

「それでさ、お前さえよければマネージャーやらないか?」
「サッカー部のマネージャーは三人いるよ?」

 茜に水鳥に、葵ちゃんだったかな。人数的にも足りているじゃない。

「確かにそうかもしれないけどさ、俺、苗字にもっと近くで俺のサッカーみていて欲しいんだ」

 頬を掻いて俯いていたはずの青山が前を向く。面食らった私が言葉を紡げないでいれば、神童にも監督にも確認はとったと。他の奴等もお前のことは知ってるし。それにさ、毎日くれるドリンクだって市販のやつじゃないんだろ。山菜から聞いたんだけど、部活中に作ってるのみたことあるって。なら、サッカー部の邪魔にもならないどころか手伝える立派なマネージャーになるじゃん。

「苗字が嫌ならいいけどさ、俺はそう思ってるってことで考えてくれないか?」

 じゃあもう行くな。サッカー塔に足を向かわせる青山の後姿を見つめる。青山は都合がいいなあ、私が青山をどう思っているか知らないくせに期待だけさせるなんてね。火照る両頬を手で多いながら名前は校門へと足を進める。
 言葉は足らないが、一歩また距離を縮めようと努力をして同じように頬を赤らめた青山が部室塔へ入れば待っていた一乃が肩の力を抜いてほっと息を吐いた。一部始終を見てはいなかったものも、青山が此方を見て何度も頷いてみせるものだから、どうやら上手くはいったらしい。彼もまた、あの日を境に友人の一人に特別な感情を抱いていたことを知っているのは、彼と彼女のもう一人の仲良しだけだった。