部活動も終わり、外は火点し頃となった。淡い灯りが照らすコンクリートの道を名前と半田は歩いている。普段の通学路から離れた道を歩くのは、雲が美味しそうに見えたという理由を付けてでの、コンビニに寄り道をしたせいだろう。
 名前はあんまんと肉まん一つずつ買って半分個して、半田の手にくっ付けた肉あんを渡してやればぶっきらぼうにお礼が返ってきた。そのまま何も言葉を交わすこと無くコンビニを後にして帰路を辿る。寒いね。彼の靴が擦れる音と私の靴のカツンという音が見事に重なれば、何処からともなく寒いって二人して吐き出した。

「私ね、マックスに彼女が出来るとは思わなかった」

 二人の間の沈黙を遮断するように言葉を繋いでいく。マックスに彼女が出来て誤解されたくないからって言われたから距離置いた。廊下ですれ違っても名前を呼ぶことも無くなれば、目も合わせない。所詮幼なじみも友達も親友もそんなもんだったんだ。名前が紡いでいく言葉に半田は頷き一つもせずに黙っている。
 思えば、染岡に初めて彼女が出来たときは「彼女が俺がお前と居ると寂しそうな顔をするから」という理由の元に一緒に遊ばなくなったこともある。あれは確か中学二年の時だったから丁度部活が忙しくてうん、そうだねって軽く流してたけど今思えば淋しかったのだろう。面倒事を嫌う自分が自ら毎日部活に行っては遅くまで残って無我夢中でレギュラー枠なんか目指していたのだ。仲が良かった半田達サッカー部とは違い、屋内運動部だった私はなるべく彼等を視界に入れない努力までしたものだった。
 変わったね、そう友達に言われたのもあれは寂しさ隠すためにだった行動だったのかもしれない。今だって染岡はあの時の不釣合いな程に可愛いふわふわな彼女連れちゃってさ。あんな顔、私達に向けたことなかったのにね。

「半田なら此の気持ち、何て言葉で表す?」
「俺には分かんねーよ」
「分かってよ半田のばーか」

 馬鹿言うなよ。だってそんなの分からないし分かりたくもないし。上手くは言えないけれど、やっぱりそれってお前にとってマックスとか染岡とかが大事だってことじゃん。
 隣で首を縦に振る彼女の顔が何時も自分には見せないような複雑そうで、遠くを見つめるようなそんな感じになっていったのが気に入らなくて彼女が持つ餡まんの方に黙ってかぶり付く。自分のと変わらない味のはずなのに人の方が甘く感じるのを舌で直に味わいながら少し膨れっ面の女の前を少し歩いた。

「俺は分かりたくないかも」
「何でよ、結構それ傷つく」
「お前にとっての染岡達は俺にとっての名前なんだよ」

 離れて欲しくなくて此の一定の距離を保ちたい人物。大事だとか大切だとか必要だとか感じるのも全部全部お前だけなのに。そんな名前が俺の前から居なくなるなら此の世界共々消えてしまえ。子供紛いな想像しただけで肉あんが不味くなるくらいに気分悪くなるから嫌な思いは全て肉や甘味と一緒に飲み込んだ。隣では彼女が肉あんの片割れを食べながら少し口を尖らせている。何だよ、俺の話が気に食わないってのかよ。

「名前、俺の話聞いてた?」
「私が半田の側から離れるはずないよ」
「それ本気で言ってんの?」
「嘘も本音も事実しか語れない素晴らしい口ですので」

 大体半田まで居なくなっちゃったら私ひとりぼっちじゃない。帰りがつまらなくて学校に行く気持ちすら失せてしまうよ。
 彼女が零した言葉は、どれだけ半田を掻き乱せば気が済むのだろうか。嫌になる程に他の男の名前を連発しながら淋しそうな顔をしたかと思えば泣きたくなる程に半田の欲しかった言葉を言いだしてくる。期待しちゃいけないことぐらい分かっているのに名前の一部に俺が要るのかなって考えたら嬉しくなってきた。今日ぐらい、今日ぐらい俺が一番になれないのかな。

「なあ、あまりやるよ」
「いいの?三分の一は残ってるよ?」
「いいからお前食えって」
「ありがとう!半田大好き!」

 面白いくらいに調子いい女だった。今は肉あん等が温めてる其の手も掴む物が無くなったら自分の手と絡ませてジャージのポケットに突っ込んでしまおうか。嫌がっても驚いても関係無い。冷えるからって理由で辻褄合わせたっていい。俺だって何だっていいからお前に必要とされたいんだ。
 マックスや染岡が彼女と別れてまた此方に戻って来たとき彼女は嬉しそうにあの二人を受け入れるのだろうから、幸せなのは気に食わないとはいえ、まだ二人は各々の彼女と一緒に居ればいい。そうすれば彼女の隣に立つのは自分だけで居られるから。
 高校二年の冬のことだった。