「あーねえ、不動さあ」
「何だよいきなり」
「食べたでしょ。私の一日五十個限定生クリーム入りヨーグルト」

 期待を裏切られるとはこういうことを言うのだと思う。仕事から帰ってきて疲れた身体を白いベッドへと埋めて仮眠を取ること数時間が経った。
 不動が帰ってきて部屋の明かりをつけるまでは、此の部屋には光一つ通ってなかった状態であり、人工的な光の有無を云わせぬ睡眠妨害により目を覚ました私は、何時もの八割増しぐらいに機嫌が悪い。それこそ口だけであるならば世界を逆回転に変えてしまいたいくらいに気分が優れない。他にはといえば玩具コーナーで泣きながら自分を責めて母親に玩具の購入を促すぐらいに悪どいことをしたくなるくらいに。あれを素でやる子供は生まれながらの悪魔だろう。然しながら、其れぐらいに気分悪いというのに上乗せするように此の仕打ちは流石に堪えた。どうしてくれようか不動くん。
 在るはずの物が無い冷蔵庫は見てられないので勢い良く扉を閉めた。

「大体さー、名前書いてあるのに食べる人居る?普通は居ないからね!」
「不動と書いてあったからな」

 名前も俺も不動だろ。嗚呼やられた。そう言えばこいつも不動であって私も不動だ。
 名前で書かなかった私がいけないって、いやいやそうじゃないだろう。自分のでなければ私のであるのは明確である事実なのに、理由を正当化しようとしてんだよ此の男は。付け加えるようにそろそろ名前で呼んで欲しいとまで言われてしまっては、返す言葉も見当たらない。十年来より共に歩んできた彼の名前は世ほどの事が無くては、もしくは表で仕方がなく呼ばなくてはいけない時にしか口にしない。呼びなれたからと言えば、それまでなのだが、私が名前を呼ぶことにより何時もは見せない子供のような笑みを浮かべることに、恥ずかしさを覚えてしまったのだ。
 隣で勝ち誇った顔で居る男の脛を一発軽く蹴る。冷蔵庫の扉をもう一度開けてはみるが、やはりヨーグルトはいらっしゃらない。限定品に加え、生クリーム入りという幸せの組み合わせとヨーグルトを返せ。食べ物の恨みは高くつくよ。膝をかかえて踞ってるとかいい気味だ。其れぐらいではひねくれ者の私の気持ちは治まらない。

「返してくれるまで口聞かないからね、ヨーグルト返せ」
「同じ物返せば気が済むか?」
「冗談。倍にして返せ」

 ゆっくりと膝に気を使いながら立ち上がる不動を横目に私はもう半泣き状態である。ヨーグルト一つで此処まで喜怒哀楽を激しく変化させられる人間ってのも私ぐらいだろう。
 ぺたりと座った状態のお尻は冷蔵庫から出る冷気と冷えた床とで冷され自ら動くのを止めたらしい。不動が伸ばす手にぶっきらぼうに掴まりながら立てば、未だ痛そうな顔をしている彼が視界を過るけどやっぱり謝る気にはなりません。その前に私とヨーグルトに謝って欲しい。我ながら、子どものようである。

「一日五十個限定生クリーム入りヨーグルトと、だ」

 まるで子どもをあやす様に頭を撫でられる。

「買い物ついでに一日デートも足してやる。此れでいいだろ?」
「…いいよ、許してあげる」

 流石に今から出掛けたって売りきれてるのは確実だし出掛けるのは明日になるだろう。カレンダーを確認したら明日は丁度二人の休みが運良く重なる日じゃないですか。まさかだけれど、こうなるのを予期してヨーグルト食べただなんて無いよね?まあでもいいや、それでも。最初は食べ物の恨みで結構本気で苛立ってたけど一日五十個限定とかよりももっと価値がある彼の休みを独り占め出来るんだったら我慢してあげてもいいよ、生クリーム入りヨーグルト。
 調子いいなとか笑われちゃってるけど、自分でもそう思うから反論する気もありません。願わくは明日は晴れますように。機嫌を良くした私が夕食は明王の好物を作るね、そう言えば一度目を見開いてから嬉しそうに笑った。