こんな色が欲しかったのよ、と名前は嬉しそうに言う。今夜の夕食の買出しついでという名目で、何件目かで漸く彼女の求めていた物に出会えたのかと思うと付き添いの俺ですら酷く安堵した。
 幸せの色はこうでなくちゃと口にする女の傍らで増えてしまった買い物袋を持つ俺は周りの目には如何映るのだろうか。少なくとも家で待ち受ける佐久間や不動は笑うだろう、春奈や木野は微笑むだろう。豪炎寺は無表情かもしれないが少なくとも風丸は良かったなと首を縦に振り、綱海達はシャンパンを開けて喜ぶのだと思う。鬼道家で此方の買い物を待つ人達の姿が容易に浮かんだ。
 ショーウィンドウの中のマネキンですら口元を緩ませているように見える。そこまでいくと俺は一体どんな思想で此れまで生きてきたのだか怪しくなってきた。
 独り言を呟きながら店内に入る彼女の背中を追い、何時の間にこんなにも逞しい背中になってしまったのかと苦笑をする鬼道。続くように足を進めた店内は煌びやかな色彩で侵食されていた。こういうのを女は好むのか。

「ねえ鬼道、やっぱり此の赤にしようと思うの」

 店内に引き寄せる為にと置かれた物と同じ淡い桃色の口紅を手に取ったかと思えば、すぐさま俺の持つ買い物かごの中に有無を言わず放り投げる。
 お気に召したものに満足を覚えた彼女は磨り減る靴底も気に留めるどころか、今か今かと桃色が使われるのを楽しみにしているようにさえ見えた。

「でも雷門には少し可愛らしい色過ぎないか?」
「何を言ってんの、可愛くしなくて如何するのよ」
「それもそうだろうが」
「はい決定、此れ買ってきて!」

 折角の夏未と円堂の結婚式なのよ、女の子が可愛く化粧をしなくてどうするの。店員の方々もその大きな声に笑い声を立てるがどうも彼女自身はそれを気にしていないらしい。寧ろ祝い事なのだからという気持ちだろう。
 会計を済ませる俺側とすれば恥ずかしい気もしないでもないがおめでとうございます、そんな風に言われては喜ぶ他選択肢は無い。
 明日、円堂と雷門は挙式を上げる。
 10年前では喧嘩の多かった二人が、幸せに染まっていく。式典では彼女が買ったルージュを付けるという約束らしい。それを仲間という括りの人間が自分のことのように見守る。女の子は雷門の投げるブーケを受け取ろうと必死になって、男のほうはいち早く薬指に指輪をはめた婿を茶化すだろう。そのままのお祝い事が始まって、そして、何時しか俺の隣に居る名前が花嫁と同じ色のルージュをつけて、鬼道の姓を名乗る日が来ることを予約した小指の指輪にそっと願う。彼女もその時を楽しみにしてくれているのならば、此れ以上の幸せも無いかもしれない。