大理石のつめたさに熱を奪ってもらおうと柱に身体を預けてからもう幾らと時間が経っただろうか。侍女達の自分を呼ぶ声が屋敷に広がる中、隠れるようにその場所で息を吐くビヨンはその中に混ざっているであろうひとつの声を探すべく耳を澄ます。名前の声さえ捉えることが出来たなら、十分なのだから。
 国の貴族の嫡子として生まれ育ち、少年サッカーの代表選手となった今ではやることやりたいことの多さに目が回りそうになる。先程までは楽しくサッカーをしていたのだが、つい時間を忘れ夢中になっていたところを侍女達が大慌てで探しにきたのだ。いけないと思いつつも隠れてしまったのが事のはじまりで、いつしか屋敷を使った大掛かりな隠れん坊だ。あれだけ鬼が多いのは厄介だけれど。
 いつまで続けるのはビヨン次第だが、どうせなら彼女にみつけて貰えないかと気持ちが膨らんでしまい出られないのだ。幼い頃したお遊びのように、いまも自分を一番に見つけて欲しい。願わくば恋心と共に、なんて。

「ビヨン様、戯れが過ぎますよ」

 柱の後ろから鈴の音のような声が掛かり振り返れば走り回っていたからか額につく髪の毛を払う名前が居る。

「思っていたよりも早く見つかってしまったな」
「此方としてはもっと早くビヨン様を探し出したかったです。ご主人様がお待ちですよ」
「…父上が?」
「舞踊のお稽古の予定でしたが急遽お客様がお見えになることになりましたので。ビヨン様のサッカーの監督様です」
「それは侍女達が慌てるのも無理ないな」

 くすくすと笑う彼女を見て、隠しているのだろうが上下する肩が視界に入ればどうもいやらしく視線をそらしてしまう。それが当たり前のようにビヨンの持つ荷物を預かり一歩後ろを歩く姿はもどかしく、自分から視線を外したというのに隣を歩くよう口をすぼめて答えてしまう。あまりのこどもっぽさに恥ずかしささえ覚えそうで。
 幼き頃から屋敷に住む名前は侍女の中ではビヨンに一番年が近い故、彼が子供のころは遊び相手にもなることが多かった。成長した今では他の侍女と変わらず世話をする、対等でいたいと思えば思う程歯がゆい感情に蝕まれるばかり。
 好きだと言えば、何と返してくれるだろうか。困ったように笑って私もですと、社交辞令で頭を撫でるのかもしれない。
 水浴び場まで向かう道は名前が意図的に人が通らない道を歩いている為、人ひとりもいない。まるで此の屋敷に、城に、二人しかいないようだ。

「ねえビヨン様、昔もこんな風に隠れん坊したの覚えてますか?」
「私と名前、それと手の空いている侍女や執事とよくやったな」
「なかなかビヨン様が鬼に捕まらなくて手をやいたものです」
「こどもの方が悪知恵働くからな」
「…でも、私が鬼の時は一番にビヨン様を見つけられたんです。複数鬼がいても、私が一番に」
「そうだったな、例え何処に隠れてもお前が見つけてくれた」
「それが私の自慢だったんですよ」

 そして、いまもまだそうなんです。
 嬉しそうに、幸せそうに微笑むのだから目眩がしそうだ。過度な期待を寄せる前に気持ちを落ち着けさせなければ。緩んだ顔で父親や監督の前に出れば笑われてしまうだろう。
 待合室までご一緒しますから此処で待っていますね。扉一枚向こう側でやさしく吹く風に涼む名前を想像しながら、ビヨンはシャワーを浴びる。熱も流れてしまえばいいのに。滴る水がまた先程みた彼女の汗ばむ姿を思い出させてしまい、どうしようもなくその場にしゃがみ込んだ。
 待合室まではまだまだ掛かりそうである。