報われなくてもいいから想わせていて欲しい、あなたが幸せならばそれでいい。ただひとつだけ我侭を言ってもいいのならば私が好きになったということを、どこかで覚えていてくれたら嬉しいです。
 名前と半田が冷たいコンクリートの壁に背を向けて座っているその先で、松野が告白を受けている。夏の日の蝉が鳴く中で学校のプールの曲がり角の向こう側では春の陽気なのかもしれない。
 放課後待っていろといいながら帰って来ない彼を探しに来たらこれだ。俯く名前の手を握ろうとしては躊躇い、結局手首を掴んだ半田の中ではおそらく名前の想い人は松野になっている。そうじゃない、そうじゃないんだ。長年の友人の告白を目の当たりにして、その人も、また隣にいる人も自分とは違う異性なのだとありありと感じさせられてしまい意識してしまったに過ぎない。
 それだというのに半田は手を伸ばしては引っ込めての焦れったい行為を繰り返し、結局落ち着いたのは手首を掴むこと。焦れったいと感じたその気持ちに異なる感情が芽生えそうで、まだまだ顔はあげられそうになかった。

「マックスって案外モテんだよな」
「今までも知らないところで告白されてたりするかもね」
「俺等二人が知らないところで、か」
「そういう半田も告白されているかもしれないんだよね」

 膝小僧に落ちていく名前の声と、セミの声。熱い、焦れったい。もやもやとする感情を無理やり払おうと首を左右に振る中、隣に座る半田は同じ質問を心の中で投げかけていた。
 お前だって、俺が知らないとこで告白されてるかもしれないじゃん。
 確かに、名前が俯いた理由を松野に片想いしているからだと考えたからこそ手を伸ばして慰めようとした。隠した本音と欲だけは見せまいと目を伏せて。自分が彼女に片想いしているのを知られては、此の流れからして失恋と今の関係の崩壊は目に見えていたから。
 お互いがお互いの気持ちに気づかない。焦れったい、あつい、焦れったい。
 二人が呼吸を整えるのに意識を持っていかれている間に告白の返事を終えた松野はそっと近づいていった。

「覗き見とか名前も半田も趣味悪いよ?」
「…マックスに言われたくないもん」
「え、なに機嫌悪いの?ねえ半田、名前なんで機嫌悪いの?」
「俺に振るなよ…」
「じゃあ違う話題振っていいのね?例えば半田が名前の手握っている理由とかさ」

 焦れったい焦れったい。
 こんなにも近くで露わにしている感情にどうして二人は気づかないのか。普段ならば松野の発言に慌てるはずの半田ですら名前の手を離さずに俯いたまま。名前とはいえば次第に熱さにやられてきたのかぼんやりとしてきたようにも伺える。なんの熱にあてられているんだか。

「まあなんでもいいけど早く帰ろうよ、半田の家で涼みたいんだよね」
「…告白、もういいの?」
「別に僕は知らない子だったし、好きな人はいないけどごめんねって言ったから」
「じゃあ帰る」
「その前に半田は名前の手を離してね、立ち上がれないし」

 座り込んだ二人を松野が立たせて数歩先を歩きながら校舎内へ。部活動の時間だからか静かな廊下には三人の足音しか聞こえない。時折窓から入る風の音だけが包み込んでいる。せっかくの部活休みの日だ、練習熱心なサッカー部所属の二人と名前が一緒に過ごせる貴重な時間。
 松野が言葉を使い離したはずの半田と名前の手はいつのまにか、名前が半田の制服の袖を掴むことでどうやら落ち着いているらしい。手を繋ぐにはまだまだかかりそうだ。

「マックスが告白断ってよかったな」
「そういうことは気にしてないんだけどね」
「…そうだったの?」
「告白みて、彼奴も男の子なんだなってなんか思っちゃっただけ」
「一応、俺も男子だから」
「知ってるよ」
「知ってて服掴んだのか?」
「半田だって私の手掴んだ、それと一緒」

 一緒にしていいのかよ。想いを強く寄せる半田は焦れったくて仕方がなかった。今すぐこの手を掴んでみせたっていい程に、本当は松野に嫉妬していたと公言したっていい程に、気持ちはぐつぐつと湧いているのに。同じだなんて、都合のいい解釈がうまく出来ないのもそれでも捨てきれない希望も夏の熱さのせいにしてしまおうか。
 松野が二人をみてため息をこぼし、本日幾度目かも分からぬ熱い、焦れったいを心の内側で吐いていることを夏の熱さで気持ちが溶け出している側は知る由もない。