十数年前、腐り果てた現実に嫌気が差していた時期が、今や大人になったエスカバにはあった。
 自分の足らないものでできた穴を隠す為に、様々な物に開けた物理的な穴も今はもう塞がれている。過去は消えないとでも忠告するようにちぐはぐに縫いつけられたソファーは居心地だけは最適だ。平和すぎると、つまらないと言うようになった世の中を平気な表情で進んでいく。普遍を忌み嫌う幼き俺、変わらないものに居座る今の俺。丸くなったと今は亡き母親は最後にそう告げていた。
 日光に当たりながら何時になく過去へ回想を戻していた昼どころ、十年来の友人と職場の高級椅子に身体を預けていた。

「溜まった書類も目を通さずにふんぞり返ってさ、エスカバは此のまま隠居生活でも送るつもり?」
「ミストレは一言多い。エスカバにも疲れることはあるだろう」
「知ってる?バダップの方が醜いこと言ってるって」
「俺がいつ、醜いことを言った」
「自覚ないのが質が悪いよね、エスカバもそう思うでしょ?」

 お前は自覚があるから尚更だろ、エスカバが茶菓子を片手に笑みを浮かべるミストレにそう言えば、二人の会話が理解出来ないのかもう一人は首を傾げた。
 エスカバが喧しさを連れて土足で上がり込む、世間一般仲間という括りの彼等と過ごすようになって早十数年経った。邪魔だと思う事が大半だが居なきゃ居ないで生活に不敏な彼等であると認めている。此の十数年で得たものは多く身内問題が多々あるとは言え、生きることに充実感はあるのは確かだろう。
 穴が青い時代に後先考えずに暴れられたのも、要は自分以外に必要なものが無かったからだ。
 私が居たらお兄様は存分に戦えないですから。一摘みの遺伝子さえ交わりが無い妹はエスカバが実兄との問題で躍起になっていた頃、手紙一つ置いて姿を消した。唯一世界という器の中で自分でない人に愛着を持っていた年の近い妹。存在はしている、呼吸をして表情を浮かべて生きて過ごしている。当時周りの大人達が跡継ぎ一人屋敷を去ったというのに騒ぎ立てず表沙汰にもしていない。
 子供の俺からすればあの女は弱いから見捨てられたとしか考えていなかったが、社会を生きて大人に分類された今ならば違う思考で物事を考える。俺の為と後継者問題と裏社会から染まる前に足を洗う、他者に慈悲を与えた小さな女の決断を当時既に家から出ていた兄が後押しした。穏やかな表情を浮かべる使用人達も皆、知らされた事実に安堵していたからだろう。

「ねえエスカバ、そういえば五年前の今日に名前ちゃん家出したんだよね」

 元気だろうかという下らなく愚問な言葉に机の上に積み上げられた書類を顔に押し付けてやった。当然、反撃されたが、傍で見ていたバダップが平和になったものだと口にしたことで驚いたミストレの動きが止まったところで勝負は終わった。
 俺の妹が元気でないはずがないだろ。彼奴が去ったお蔭で得たものは在る。五年の時を得ても尚、顔を見せない人間に淡い執着を持ち続ける。俺が探しに行くんじゃ意味が無い。あどけない笑顔のまま安心して戻ってくるのが定義。幼き頃を知るミストレは毎年この時期になると茶々を入れてくるが後何年何ヶ月何日、俺が理想化させた世界が実現した暁にはキャリーバック一つ転がして変わらない屋敷を背に自宅の赤い絨毯を再び歩くのだろう、と。
 エスカバは柄にもなく未来予想図を想い浮かべては、バダップではないが平和になったと、書類ばかり書くようになった今に笑みを零した。