昼前のあたたかな教室で、禿げた教師のつまらない英語の授業を流しながら聞いている。英語が苦手な半田は中学校も義務教育から外して欲しいな、それかせめて此のつまらない授業を何とかして欲しいと教師の目が向いていないことをいいことに、ため息をついてみる。
 授業をまともに聞いていないからこその白紙のノートに教師の後ろ姿をスケッチし始めるのも残り時間をいかに早く過ぎてもらうかと考えた結果だろう。あ、此れ結構似てる気がする。放課後にでも円堂に見せにいこうかとひとり頬を緩めた顔をしている半田に、何をしているのかと前の席の子は振り返って紙切れを渡しながら呆れ顔を向けている。此れってあれだよな、女子の中で流行っている手紙交換。

「誰に回せばいいの?」
「回さなくていいから」
「それってどういう意味だよ」

 手の上に乗せられた紙に彼女は指を指す。そこには半田の名前が書いてあり、成る程、俺宛だったんだと頷いてみせる。前の女子が姿勢を戻してからパラパラと開いてみれば誰が書いたんだか「お腹が空いた」と一言。マックスか誰かかな、と周りを見渡せば、右斜め前の方向にいる苗字が俺に向かって手を振っていた。半田と名前が仲がいいことは一年生の時からの話なので、手紙が回ってきたことに可笑しいと思わないのだけれど、わざわざ授業中に言うことだろうかと疑問は持つ。残り数十分授業を終えれば、昼休みになるのに。
 半田は常にポケットに存在し続ける飴を一つ取り出して、回ってきた紙に「苗字宛」と書いて飴をくるんで手紙を回した。そして同じ飴を口に含めば、甘い香りが口内を犯していくようにさえ感じる。空腹を感じていたわけではないが、飴に夢中にはなっていたのだろう、禿げ教師が教室から出ていくと同時に授業の終わりに気付く。うーん、と身体を伸ばしていれば名前が俺の元にさっきと同じように手を振りながら歩いてきた。

「飴ちゃんご馳走さま」
「ん、どういたしまして」
「おかげさまで空腹しのげたけどね」
「たった二十分ぐらい我慢しろよな」
「いいじゃんよ。それに半田はいつも此の飴を舐めてるよね」
「メジャーな飴だろ?結構美味いし」

 そうか?と答えようとした半田の唇に名前の指が触れる。予想外の行動に半田は唇から心音がもれてしまわないように平常心を装つのに必死になる。此のまま苗字の指を食べてしまいたい衝動にも襲われた。
 そんな半田の心の戦いを知る由もない名前は、唇をひと撫でしてから指を離す。

「半田からいつも此の匂いしてるからさ」
「自分じゃ分かんないけどな」
「好きなんだね、此の飴」

 また手紙回したら私にもちょうだいね、と名前は女子の輪に戻っていった。隣で一部始終を見ていたのだろう、マックスは悪戯っ児な笑みで此方を見て目を輝かせている。どうやら暫くは今日のことでからかわれそうだと、半田は引きつった笑みをマックスへと返した。
 小さくなった飴を噛み砕きもう一回甘さに犯されようとポケットに手を突っ込む。名前が好きだからとは言えない、ポケットにある飴は一年生の時に彼女がくれたものと同じ種類のものだった。

t./joy