短編 鬼 | ナノ

編集
とある隊士の

死んだように体中が痛かった。
上手く息が吸えなかった。
死んでしまう、と思った。

吸って、吸って吸って。
吐いて、吐いて
吸って吸って。
吐く
吐く、
吐く。

「隊士様!隊士様!大丈夫ですか!!」

目に朝日が痛い。
肌に刺さる。

今日、鬼舞辻無惨がしんだ。
今日、多くの仲間がしんだ。
今日、今までのわたしがしんだ。

空に球状の赤が舞ていった。
たくさんの悲鳴が轟いていた。
同僚の人間だった者たちの声が響いていた。

おわった。

「ここに生存者が!!」
「こっちこい!!まだ助かる!諦めるな!」
「あぁ!!死なないでください!」
「死ぬな!死ぬな!!死ぬなッ!!!」

辺りに響く声が酷く耳障りだった。
体中が痛かった。

「助けて!!」
「頼む頼む頼む!目を開けてくれぇ!」
「あぁ……」
「こっちに!!速く!!!」

重く、私の身体を踏み潰さんと圧し掛かるものを退けようとして、私の体中が震えた。
息が、矢張りうまく出来なかった。
息がうまく吸えなかった。

身体を無理くりに起こし上げ、あたりを見る。

終わった。
終わった。
終わったのだ。
全部が、終わったのだ。

もう声にならなかった。
煌々と降り注ぐ太陽の陽を浴びて、今生きている事をこそ私は恨みに怨み抜いた。

しんでしまいたかった。
この瞬間このときに、しんでいたかった。

ぜんぶが終わる時、私達の全てもおわるのだ。
いきる意味がすべからく、消えるのだ。

わぁわぁと、溢れる音が止まらなかった。
抑えられるものが何一つとして無かった。
まぶたを貫く陽射しが不快で厭わしくて堪らなくて、私は腕で顔を覆った。



瞼の裏が酷く痛んだ。
だから目を開けた。
きっと本当に痛んでいるのは瞼の裏なんかではないと言う事等は、とうにわかっていたからだ。
こんな自分には過ぎた、清潔な寝具から身を起こすと直ぐ側から、わっと声が上がった。

「起きたのか!直ぐに人を呼んでくる!!」

その声に返事をするでもなく私はあたりを見渡した。
特筆することは無い。
幾度か訪れた蝶屋敷そのものだ。なんら変わる事は無い。
ただここに、自分を定期健診のついでだと見舞ってくれるあの少年の姿が無い、と言う事以外は。


幾度か見たことのある蝶の髪飾りを付けた看護人が私の目を、閉じないようにと瞼を押さえつけながら診た。

「異常はないですね。……何か、聞きたい事はありますか」
「……不死川隊士は、もう回復しましたか」

私の言葉に、そこに居た人間は皆が黙った。もうそれが、答えであった。

「ありがとうございます。私はいつここを出られますか」
「そ、早々出られません!酷い怪我なんですよ!」

そう、ぴしゃりと𠮟りつけられてから、初めて私はその看護人である少女と、その傍らに立つサラサラの前髪を不安気に揺らす男を視界に入れる。
きっと、私は彼らを酷く睨みつけていたのではないだろうか。
二人の表情から、なんとなくそう思った。
自分の今作っている表情すら、そういう外からの状況でしかわからない。きっと、ひどく疲れているからだ。
体が、嫌に怠いからきっとそうだ。
段々とその少女の顔は歪み、きつく唇を噛み締めていくのを、私は見ていた。

「とにかく!当面は退院できません!良いですね!名字隊士!」
「……」
「む、村田さんも同室ですので、彼女を見張っておいてください!」
「あ、ああ!」

何をそんなに怒ることがあるのかは私には分かりはしないが、そう看護人は怒りをあらわにした様子で私と村田と呼ばれた男を残し、この部屋から去って行った。

「おい、本当に大人しくしてろよ!」
「……」
「なぁ、何着換えて……!!ちょっと!……本当に!!」

村田、と呼ばれた男の声を無視する形にはなるが、私は早々に病衣から近くに新たに用意されていた隊服へと袖を通す。

「おいっ!いい加減に……」

そう言い、どこか焦った様子を見せながら、私の腕を掴み上げた村田という男の腕は段々と力を失っていった。

「そんな顔、するなよ……」

一体、私がどういった顔をしているのか、矢張り今はそんな事は分かりはしない。
分かりはしないが、どうだって良かった。
そんな事よりも私はいち早く見なければならない姿があった。

先の戦いで、最後の最後まで闘志の限りを尽くしていた鮮烈なまでに目に焼き付いた姿を。
もうずっと頭から離れることの無いあの一文字を背負った背を。
見なくてはならない。
そう、思った。

「かぜばしらさま、」
「かぜばしら、さま!」

カラカラに乾いた喉からまろび出る声は酷く擦れ落ち、いっそ音になっているのかすらわからなかった。
それでも、止まろうとはしない脚と一緒に転がっていく。
その男の静止の声など、耳にはとうに入らなくなっていた。

「かぜ、ばしらさま!」

目に入る一室ずつ、その扉を開き、その度に落ちる涙を止める方法も分からず、私はただその姿を探す。

「かぜばしらさま」

息が出来ない。
苦しい。
くるしい。

『俺には弟なんざいねェ』

いつか、彼らが初めて再会出来たあの日。
そう言って去っていった風柱様の背中は、消えていってしまいそうだった。
それを聞いていた、不死川の顔が今も頭から離れない。
どうして私だった。
どうして彼が儚くなったのだ。
どうして順を守れないのか、あの男は。
なぜ、私は生き残ってしまっているのか。

「かぜばしらさまっ」

少し傷んだ木目の濃い、四つ目にになる扉を開こうとした時には、いつの間にそこにいたのか。先の看護人が私の隊服をぐい、と引いた。

「こちらです」
「……」
「あまり走り回らないで下さい。体に障りますし、他の方の迷惑になります」
「……」

そう、静かに視線を私に合わせることも無く言った看護人は静かに私の前を歩く。
謝罪をした方が良いのだろう。
上手く息をしていなかったのだろうが、喉がひどくガサついた。

「すみませ……」
「無理に話さなくて大丈夫です。」

また、ピシャリと撥ね付けられた。

「あの、一つ」
「はい」
「……どうして、風柱様なんですか。彼には継子も居なかったと、記憶しています」
「彼の兄だからです」
「……は?」
「風柱様が、不死川の兄だからです」

それ以上をこの看護人に私は話すつもりも無ければ、話したいとも思わない。
わかって欲しいとすら思うこともないからだ。
不死川のことは、不死川玄弥の事は、風柱様だけが知れば良い。
不死川の涙も、小さな背中も、震えるほどに硬く握りしめられていた手も、大きくなった背中も。風柱様だけが知っていればいいのだ。
それが相応しい。
そうあるべきだ。
そうであって欲しい。

「そうですか」

看護人はそれだけ言って、足を止めて私に顔を半分だけ見せて「ここです」そう言って三度、扉を叩く。

「風柱様、よろしいですか。あなたに会いたいと言う隊士が__」

「入れ」そう、酷く擦れた音が室内から廊下までやって来る。
私と同じ、乾いた音である。
きっと、彼も同じように喉がやられているのだ。恐らく、だが。
私はどこかでぼう、っとそんな事を考えながら、静かに開いた扉の向こうで四角く切り取った窓の向こうを見る白い姿を見つけた。
何を言うでもなく、ベッドにもたげ起こした体をそのままに、風柱様は私に向けて静かに視線を流し寄越す。
私は口を開けなくなる。
足も、縫い止められたように動かない。
まるでいつか見たオルゴォルの人形になった気分だ。
全て自分の意志と反している。
口は開いているのに、言葉が出ない。
むしろ、開いているのかもわからない。
何を言おうとしていたのだろうか、私は。
きっと、何を言っても風柱様を傷つける。
きっと、何を聞いても風柱様は悲しんでしまう。
そうしたら、不死川は怒るんじゃないだろうか。

ひどく冷たくツンとした風が吹いて、室内の空気を攫っていく。

いつだったろうか。
私はここで、眠ったことがある。
そう。
確か、不死川に背負ってこられたと、思うのだ。

「もうちょい、頑張れ……!」
「もう、着くからな、!!」
「死ぬなよ……!」

何度も何度も。乱闘の末に荒れ果てた竹藪を抜けようと、私を背負いながらもそう声をかけていた不死川が、私をこの屋敷まで運んでくれていた。気がする。
いつもそうだ。
私は不死川に、助けられていた。

私が、引きずり込んだのだ。
不死川玄弥を。
この世界に。
本当は、きっと、私は寂しかったんだ。
本当はもう、ずっと、ずっと。
不死川玄弥に出会う頃には、とっくに。
とっくに限界なんて、もうずっと超えてた。

「あ、あなたに……」

不死川を、慰めるふりをして、励ますふりをして。
本当に救われたかったのはずっと、私だ。
私が声を発したのを聞いた看護人は、静かにここを去って行き、足音だけが残っていく。
ただその足音も次第に薄れ、心臓の音だけが響いていた。

「あなたに、伝えたいことが……」

不死川玄弥が、私をずっと、救ってくれていた。
あの小さな背中を、
あんなに大きくしてしまったのは、きっと、私だ。
風柱様の目は、無感情に私を貫く。
そのまま、その視線のように、命までもを穿てばいい。
ずっと、死んでしまっても良いと。
死んでしまいたい、と。

「あなたに、」

あんなに、不死川に背負わせたのは、多分、私だ。

風が、吹いている。
ばさばさと、洗濯物の擦れる乾いた音がどこかから聞こえている。
涙が床を叩く音が聞こえている。
風柱様の息遣いが、響いている。
風の音が鳴っている。

「……私が、…………私が、あなたの仇です」

いっそ、殺されてもいい。
殺されて、しまいたい。
私はただ、そう願った。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -