短編 鬼 | ナノ

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じと、と湿っている。

「可愛い……」
「……」

ソファの上にだらしなく三角座りをしてかなり深く腰掛けてテレビ画面に夢中になる私の顔をじぃ、と隣で眺める実弘君は今日も今日とて人相が悪かった。
元々吊り眼で目ヂカラがある上に、先の大捕り物で傷を負った顔はひょっとしなくともそこいらのちょっとやんちゃな方達よりもずっと恐ろしく見える事もあるほどである。

そんな実弘君と出会ったのは、何を隠そう。その大捕り物の時であったりするのだけれど、それは一旦置いておこうと思う。

兎に角、それ以後知り合った私たちは出会うことがあれば挨拶をする仲になり、連絡先を交換する仲になり。
そのうち実弘君からの猛プッシュで付き合う運びとなっていたり、する。
本当は、実弘君の顔を見るとあの日の事が浮かぶから、避けていたのだ。どちらかと言うと。
けれど彼はそんな事をものともせず、一足飛びで駆けてくる。

「偶然に、こんなに会うわけねェでしょう」

なんて、敬語にもならない敬語で唸り上げた実弘君にきゅんときてしまったのだから、そこからがもういっそ転がり落ちるように好きになていっていた。
本当は、件の事件があったから、彼らはずっと、それこそ命がけで私達市民を毎日護ってくれているのだ。そう思うことは少なくは無かったし、やっぱり少し怖かった。
いつか死んじゃったら、どうするんだろう。
あの時も、もう数センチずれていたら失明してたんでしょう?
そんな危険な職についている人を好きになって大丈夫なの?
なんて。
もう好きになっているから考えているのに。その時は、私も色々。思っていた。
ただの警察官。交番の、お巡りさん。
そんな事ばかりがあるわけでもない。
そんな事は、わかっている。
でも実際に、あったのだ。
あんなに怖いことが、あったのだ。
怖くない。
口が裂けても、言えなかった。そんな事は。

でも今はこう考えるようにしている。
そうなったときに、支えられるようにもっともっと実弘君の近くに居よう。
そうなったときに、後悔しないようにだけはしよう。

どこか拗ねたように唇を突き出しながら、私に「好きだァ」って言ってくれた実弘君が、いつだって私の事を忘れて仕事に専念できるくらいに当たり前の日常でありたいなぁ。って。
当たり前の日常として、実弘君の安心できるところでありたいなぁ。って。

_______
_____
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「ね!可愛くない?!」

画面の向こうで、母親に向けて手を伸ばし、うー、あぁー、ともはや唸り声のような言葉にもなっていない音を発する、そのふわふわとしたまぁるい存在は、恐らく誰がどう見たってかわいいものだ。
私はすっごく可愛いと思うし、きっとそれは実弘君だって例外ではない筈だ。

「……ガキとか、……怖くねェかァ?」
「えぇ……怖い?」

実弘君の突然の「怖い」と言う発言に、私はきょとんとした表情を崩せなかった。

「……なんつぅか……すぐおっ死んじまいそうでなァ……」
「じゃぁ、要らない?」

三角に立てている膝の上に私は頬をつけて尋ねる。

「いる」

即答されて、一瞬その言葉を呑み込むのに時間を要したと思う。
けれどその言葉に思わず笑ってしまった。

「即答!どっちどっち!」
「だぁから、いるだろォ、普通にィ」
「いるの?」
「いる」
「そ……っかぁ、……」

多分私は、変わらずポカンとした顔を貫いているんだろうと思うが、もう暫く口元を引き締められそうには無い。

「……っだァ!!」

バッと勢いに任せて実弘君は立ち上がり、私の体を持ち上げた。

「っちょ!!な、なに!!?」
「誘ったのはてめェだからなァ!!」
「そ、それはおかしいでしょ!違うじゃん!!」

じたばたとしていたら、実弘君とベッドに雪崩れ込む形になって、腕からなんとか抜け出し這い出たところで項に熱くてあつくて、溶けてしまいそうな程の熱の塊が、ちぅって音と一緒に降った。

「わ、ッ……!」
「……一緒に住まねェ?」
「…………ぇ、」

思わず私振り向いて、目を何度も瞬いた。

「同棲?」
「そうじゃねェ。……俺と、」
「実弘君と、」

解ってんだろ、とでも言うように、グレーのスウェットに身を包んだ今にも眠れます!みたいな格好の実弘君は、同じく今にも眠れます。って格好にも見えるネイビーのトレーナーワンピースに身を包む私を見据えてベッドに腰をきちんと下ろし直す。

「結婚しろォ」ギラギラとした実弘君の目が恥ずかしくて、慌てて反らした。
「……俺様!」
「名前、……結婚してくれ」

真白な頭を少し俯けて、その隙間から薄っすらのぞく耳を赤くした実弘君からのプロポーズを断る口実なんて、私は持ってはいない。
だって、こんなに嬉しい。
だって、こんなに幸せだ。

「赤ちゃんは、もうちょっとだけ、後が良いなぁ。二人で、……新婚したいかも。ベタな感じの、」
「おゥ」
「たまに、たまには外で手も繋いで欲しいなぁ。ちょっと、照れるけど」
「……そうかァ」
「あと、」

まだあんのかよ、とでも言いたげに私の方を向いた実弘君の目が大きくなって、それから凄く柔らかく弓なりにしなっていった。
私は、化粧もしていない顔をトレーナーの袖でごっしごし擦り上げてからおもむろに顔を上げた。

「ちゃんと帰ってきて欲しいな」

実弘君はちょっとだけ息を飲んだ。息を飲んでから、私をその、ちょっとばかり筋肉の多い逞しい腕で包んで、足まで巻き付けてきて。私はその勢いのままに実弘君と一緒にベッドにゴロンと転がってしまって。

「ちょっ!ふふ、もぅ!おーもーいー!」
「もうちょいィ」
「実弘君、へへ、好きィ」
「ンー」

ぐりぐり、っと私の肩口に頭を埋める。

「俺の真似ェ?」
「そう!似てるでしょ!」
「ふは、似てねェよ」

実弘君は、私よりも少しばかり歳が上だったりするけれど、こういう所が可愛いなぁと思うし、愛おしいなぁと思う。
好きだなぁ。と、思う。

「俺もォ」

こんなに近くに居る私が聞こえるか聞こえないのかも際どいくらいの音がぽそっと聞こえて来るのも、胸がむずむずする。
もう、いっぱいになりそう。
もう、いっぱいだ。
いっぱい、すき。
今、世界で一番幸せかもしれない。

「キスしたいかも」
「ア?俺はそんまましてぇけど?」
「えっち!」


□□□□◆


「もう着く」
「本当?やったー!遠かったねー」
「こうやって見たら、住所だけで……本当にがっつり田舎だなァ」

独特な語尾の伸ばし方で、ほんの少し、と言うのは色眼鏡だろうか。今日とて、兎に角少しばかりガラの悪く見える実弘君はそう告げた。
実弘君の言う通り、その家、いっそ屋敷と呼んでも良いくらいの家屋を目の前に立っている。
あの後、ほどなくして実弘君の実家に挨拶に行こうか、と言う話になったものだから、こうして次の実弘君の休日に当たる日に、やって来た。
屋敷の奥には山が見えて、山に切り取られた空の青さがより目立つ。
ここは何を隠そう。東京都に位置する。
位置するが、果たして東京都と呼べるかと言われると首を少し捻りたくなってしまう。
それくらいに、緑は豊かで人が少ない。

まぁ、そんな事は良い。
広大な敷地を誇る実弘君の実家は、古めかしいと言ってもいいと思える程には仰々しい門を構えている。

「本当に、ここ?ご実家」
「そう。ご実家ここォ」

嬉しそうに左側の口角を上げた実弘君は、問答無用とでも言うように門を潜り、玄関横にあとから取ってつけたとわかるようなインターホンを押した。

「俺ェ、実弘」

インターホン越しに「はぁい」と明るい声がして、私は思わず背筋を正した。
きっと、とても厳しい方達なんだ。
そう思えるのは、この屋敷がおそらく純日本家屋で、息を飲むくらいに大きくて、それでいてお庭にはハッとするくらいに手入れの行き届いた美しい花壇。それを誇っているように見えるからだ。
礼儀作法の禄にわかっていないのであろう自分を一瞬で恥じたし、手土産に、と購入したさほど高くもない菓子折りが一気に恥ずかしいものへと姿を変えたきがしていた。

これは、幸先が良くない。
どこかでそんな事を考えた。

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