■ 1

目が眩むほどの暗闇に、優しい月と星の光が降り注ぎ、足元がわずかに照らされている。
壁に寄りかかりながら、進もうとしない足を引き摺るように動かしていく。
時たまでる咳もまるで身体中の骨を折るように響く。
ゲホゴホと、止まることを知らない咳が、喉から出る。
たまらず地に着いた腕に、パタパタと温いものが降り落ちる。
月明かりに照らされて、赤黒いそれはまるで一粒の宝石のようであった。
くたりとした体を、それでも前に進めようと、腕に力をやったそのとき。
ザッザッ、と、颯爽と歩く足音。

『助けて下さい』
たまらずそう口を動かしながら、目の前を通りすぎようとする袴をツンと引っ張った。

音が聞こえないのかと思ったが、そうではなく、もう声が出ないようだ。

「なんだ、汚らわしい。」

パッと、足を退けたお侍様は、もう一度袴を掴み「助けて、」と今度こそ音を出した私の手首をその腰に携えた刀をふるい、バッサリと切り落としなされた。

声にならない音が地に響く。
自分の声だと気が付いたのは、お侍様に足蹴にされてからだった。

「……っぐぅ、んんぐ、……っずげで、くだざい!!!」

反対の手で、もう一度掴もうと手を伸ばそうともがいたが、何も掴むことはなく手は地に落ちた。

あの子が、家で一人待っているのだ。
行かなくてはならないのだ。
熱が高くて。あの子のお薬を、貰いに行かなくてはならないのだ。

待っているはずのあの子が、走ってくるのが見える。

視界がぼやけて、そこからは、わからなくなってしまった。
ただ、私は暖かな幸せにくるまれた。

ああ、どうか、あの子にもこの温もりが届きますように。
どうか、あの子が良くなりますように。
動かないといけないのに、もう体に力が入らない。
あの子が、これからも確りと生きて行けますように。
あの子に、まだ何も教えてあげられていない。
あの子が、今までの分も、幸せになれますように。
この世界を、このままではあの子が憎んでしまうかもしれない。
良いものだよ、と。教えてあげられて居ないかもしれない。
ああ、だめだ。もう一度会いたい。
あの子と、もう少し、一緒に生きた……かっ、

だいすきよ。

「おかあさん、」

と、聞こえた気がした。


煌々と照らす月明かりが、眩しく感じる。

どうか、どうか。
あの子を見守ってあげてください。
まだ、何も知らないの。




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