■ 6

この歳になってくると、自分のことを意識している人とか好きでいてくれてるとか、何となくわかってくる。
更に相手はよっぽどでもなければ悪い気はしない。
とてつもなく現金な話ではあるが、坂田銀時その人と一緒に居て悪い気はしなかった。
ついこの前にフラれたばかりだというのに、本当は一人になりたくなかった、ただそれだけできっとあの男とはもう終わっていることはわかっていたのだろう。ただ別れを切り出すのも面倒で、別れて一人になることが不安だっただけで。
驚くほどに晴れやかな気持ちで新しいシーツに身を包み、キラキラとした目で水槽に目をやって心地よい眠気に目を閉じた。



チチチ、と鳴く声に目を覚まし、キシつく廊下を大きなあくびをこぼしながら歩く。
洗面所で見た自分の晴れやかな顔に水をパシャパシャとかけていく。
自分のために用意した朝餉を黙々と食べた。

今日という日は忙しくなるのだ。
しっかりしなくては、と頬を両手でパチンと叩いた。

特に珍しくはない。なんてことのない良くあるありふれた話だ。
父と母は先の戦争に巻き込まれ、生き残った私は祖母とともに生きてきた。
祖母は駄菓子屋と煙草屋(まあ、煙草屋だったものを駄菓子屋に改造したものの、煙草を買い求める人が多すぎて両方販売しているというだけの話なのだが、)を生業としていたが2年前にポックリと逝ってしまった。
皆に惜しまれ、この店は潰れてしまった。
けれど、私は祖母が一人護ってきたこの店を再建するために、祖母のつけていた帳簿を全部引っ張り出して、煙草や駄菓子の問屋にまた店をやりたいのだと、よろしくお願いします。と挨拶に回っていた矢先、問題がたくさん露見したのだ。
店の二回はアパートメントになっており、祖母はそちらの大家もしていたそうなのだが、店を継ぐにはそこの管理もしなくてはならない。
水漏れだなんだと、祖母一人では手が回りきらない修繕箇所、挙げ句に祖母が亡くなってしまったことでお葬式をしたものの、祖母の保険金はそこで使ってしまった。
つまり、すむところは有るが、お金がない。
二年間、仕事をしてお金を貯め、やっとこさ目処がたったのだ。
その間に祖母が亡くなってからずっと共に寄り添ってくれていた彼氏はだんだんと遠退いていき、フラれてしまった、というわけだ。
これで本当に一人になってしまった。
なってしまったが、これからは、ここがある。
大好きだったおばあちゃんの、膝の上のような。
この場所がある。
そっと、錆びた看板を撫で付けた。

「もうちょっとで出してあげられるね。」




ピンポーン、とベルの音に客人を迎え入れる。

「おはようございます。よろしくお願いしますね。万事屋さん」

「うぃーっす」

「おはようございます。よろしくお願いしますね」

「これが終わったら卵かけご飯から抜けられるネ。しっかりやるアル」

ぞろぞろと、三者三様の反応を見せながらかつてのお店に入ってくる。

「よろしくお願いします。##name_1##名前です。」

頭を下げ、小上がりに3人分のお茶を出す。

「あ、よろしくお願いします。志村新八と言います。こっちは神楽ちゃん。力仕事はお手のものです。」

「よろしくネ」

礼儀正しく挨拶をくれる二人は、やっぱりあのとき見た居酒屋での姿そのもので、とても元気な子たちであった。

「ここ、良い匂いがするネ。嗅ぎなれた、……酢昆布の匂いネ!!」

「あ、わかる?!昔、駄菓子屋さんだったの。もう何年も使ってなかったから、掃除しかしてなくて。」

ニコニコと微笑む少女に、こちらまで笑顔になる。
耳をほじる銀髪男をしり目に、今日の依頼を説明する。

「2階の修繕は業者さんに来てもらう手はずなんです。そうしたら、思ったよりお金かかっちゃって。
だから、一階のお店を綺麗にしてほしくて。あと、これを。」

ずいずいと引っ張ってきたお店の看板に、坂田さんの目元が優しくなったのが見える。

「……ずいぶんキタネーのな。」

「ちょ、銀さん!!」

「ずっと、おばあちゃんがまもってきてくれた年月を、感じるでしょう?」

ニッコリと微笑むと、志村君も、優しい顔になった。

「でも、良いんですか?そんな大切なもの、僕らに任せて。」

「是非、お願いします。」

こうやって、少しだけ話しただけでも、彼らがいい人なのは滲み出ている。
それで充分だ。この店には、そういうのが、ふさわしいと思うのだ。

「もう、スッキリしてんのな」

優しく微笑む銀髪に、ありがとうございます。とまた笑った。

「何カッコつけてるアルか。仕事は今からアルよ」

「ウシ、取りかかるとすっか」と腰を上げた彼らによろしくお願いします。と頭を下げて、私は私の仕事に取りかかる。
週末には、オープン出来るように。
やることは、山積みだ。




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