■ 5


ぐずぐずと、とどまることを知らない鼻水と涙と、なにせ顔中から溢れる水分を麦酒で洗い流す。
帰ると言っていたくせに、気まずくなったのか、男はシャワーに行ってしまったし、涙は止まらないし、悪いことをした、とかなんとか思いながらもそれすら麦酒で流し込む。
今日という日が終わったら、新しい自分になろう。
今日という日が終わったら、全部新しくしよう。
カーテンも変えて。ベッドシーツも全部新調してやる。
ルームライトだって新しいものにして、水槽の中にも新しいオブジェを入れてやる。

男がシャワーを終える頃には、少しだけ出すものを出してスッキリできた。

「おー。落ち着いたかァ」

頭をガシガシとタオルで拭きながらこちらに来る男にミネラルウォーターを投げ渡して、ニヤリと笑ってやる。

「何でも屋さんって、言いましたよね?」







おろしたての着物に袖を通して、新しい髪飾りをつけて。
いつもよりもずっとキチンと化粧を施して、普段はストレートな髪をくるくるくるくる。
気合いは入れすぎでちょうど良い。
鏡に映った別人のような自分に満足したら家を出て、待ち合わせ場所へと向かった。





丸1日買い物に付き合うという、まるでデートのような依頼に、坂田銀時その男は柄にもなく緊張していた。
その一因は依頼人である女に起因する。
つい先日のことである。
見覚えのある女が、ホテル街のど真ん中しかもホテルの入り口真ん前で男にこっぴどくフラれている。
男の言い分はあまりに酷いもので、聞いていてあまり気分の良いものではない。
涙も見せない気丈な女は、そこを離れる事もなくどこかを睨み付けていて、可愛くねー女、などと思いながらも声をかけたのだった。
その女に何を言うでもなくそのまま目の前のホテルに連れ込まれ、頂きます。と心の中で合掌したところでお預けを食らったのだった。
なんだかんだあんなにやらしーキスまでしといてなにもしないってなんだよとか、無表情に見えて目に浮いた情欲の色に、しっかりコーフンしてたじゃねえか、とか言いたいことは色々あるもののシャワーで息子を静めた悲しい出来事を忘れた訳ではない。
それでも待ち合わせの事を考えると、あの日のあの女のあの姿が思い出されている。
簡単に言ってしまうとぶっちゃけ下心がありまくりである。と言うはなしで。

「お待たせしました!すみません、おくれましたか?」

とかけられた声に振り返り、無意識に吐いたばかりの自分の息を飲み込んだ。

(なんか好みなのキターーーー!!!
なんかフワフワしてんですけど?着物きっちり着こなしてるのに胸でけーの丸わかりなんですけど?なんかめっちゃ良い匂いしそうなんですけど?)

「……いえ、今来たトコロデス!」

この女と今日できるのか、と想像して鼻から何かが垂れてしまったが、知らないふりをしてヘルメットを手渡した。

「どこに行きますかァ?とりあえず後ろのってしっかり掴まれェ。こう、ギュッとな。できればちょっとこう、押し当てる感じでお願いします。」

「……いい加減にしないと怒りますよ」

何をとは言わないが、あまり押し当てて貰えることなく今日という日が過ぎていく。
いや、パフェ奢って貰ったのはマジで嬉しかった。
家まで荷物運び込みしたからそのまま……
「お茶でもどうですか……?」
とかなんとかうるうるした目で言われるもんだろ?
今日のお礼、お金じゃなくても良いですか?とかなんとか、期待するじゃん?んでそのまま送り狼よろしく銀さんの銀さんを悦ばせて貰うわけじゃん?
そう思うじゃん?

「ありがとうございました。これ、お礼です。じゃ!」

バタンと目の前で閉まった扉に、ボリボリとガシガシと頭をかきながら
なんかしくった?
とか考えてる俺を窓からこっそり見て女が笑ってたなんて知るわけねーけど、
次会ったら覚悟しとけよ、とか考えてしまったりはするのだった。



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