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「その女俺の事騙してた訳よ。わかるぅ?」
口を尖らせながら此方に向けて昔話を語る男の話にウンウンと頷く。
「騙してたんじゃなくて黙ってたんですね。それでそれで?」
「まぁ、えれぇ目にはあうわなぁ……」
遠い目をした男の話を要約すると、ヤクザの妻に手を出したら大変な目にあったと言うことらしい。
自業自得であると言わざるを得ない。
「……私はヤクザの方の気持ちがわかりますけどね。一途って言ってたけど、あなた絶対一途じゃないですし。」
ラブホテルのベッドで、何をするでもなく二人で麦酒の缶をあけている。
もう何本目かわからなくなっている麦酒の缶をプシュっとあける。
「そんなにキレイな恋愛ばっかなやつの方が変だろ!!あれですぅ!銀さんはたった一人を探しているだけですぅ!!」
「でも“銀さん”の“銀さん”は誰でも良いわけですか」
クスクスと、笑い声が部屋に響いた。
また後ろにパタリと倒れると、力を抜いた体をやさしくベッドが受け止めてくれる。
「きもちー。もー寝ちゃいそう。あなたは?」
男の方に視線を向けると、軽く微笑んだ。
「……そろそろ帰るかな。」
そう言って立ち上がろうとしたのであろうが、思いの外酔っ払って居たらしく、体が後ろに倒れる。
結局は、私の隣に彼の体は今転がっていた。
「……帰らないんですか?」
「……帰りますぅー。でもお前が寂しそうな顔してるからもうちょい居てあげようとか思っちゃっただけだしぃ?別に思ったより酔ってたとかそんなんじゃないしぃ?」
苦しい言い訳を並べながらも、本当に起きるのが辛いのか大の字から動きそうもない。
体を動かして男の方へ向くと、何をするでもなく天井を眺めている。
「酔っ払いの戯言なので、聞き逃してくださいね。今日は、本当にありがとうございました。寂しかったので、一人でいたくなかったから。……でも、あなたで良かった。」
此方をちらりと見てから、ふいっと顔を反らされてしまうが、このたった数時間で何となく、何となくだがただ彼が照れているだけなのは伝わった。
「……泣いてる女ぁ、ほっとけなかっただけだ」
そうは言うくせに、此方を見てくれなくなった男の顔が、何故だか凄く見たくなってしまった。
酔ったせいなのか、元々の好奇心からかはわからないけれど、彼の服を引っ張っても反対側に力を入れられてビクともしない。
「顔見せてくださいよぉー。」
とかなんとか言いながら、今度は体を前に乗りだし、少しだけ覆い被さって、また服を引っ張る。
顔を見られると思ったのか、彼が力を入れて体制を変えようとした時だ。
「ッダァーーー!!……!!…っぶね!」
ベッドから落ちそうになった私の体を彼が支えてくれている。
その伸びた腕を辿ると、先程まで自分が乱してしまっていた彼の服から形の綺麗な鎖骨が覗き、また視線を辿っていくと、形の良い唇が少しだけ、開いていて、そのまま視線を上げる。
独特の赤い瞳と絡まって、視線がはずせなくなる。
ゴクリ、と喉を鳴らす自分がいた。
これは、もしかすると、もしかするのかもしれない。
彼の指が唇に触れて、ゆっくりと輪郭を確かめていく。
降ってきた口づけを私は拒めないでいる。
「……っふ、……ん」
舌の侵入までもを許し、彼の手が体のラインを撫でながらも帯にかかったところでグイ、っと押し返した。
お互いの息遣いしか聞こえない部屋で、自分の声はひどく響いた。
「あの、ごめんなさい。……やっぱり、むり。……できなっ、」
「悪ぃ、泣かせるつもりは、…」
言われてから余計に涙が止まらなくなる。
自分でも、なぜ泣いているのかはもうわからない。
けれど、あの最低な元彼への気持ちが終わっていないのは、確かだった。
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