■ 3
「お前、ホントにねーわ。久しぶりに会えたと思ったらヤらせねーとか、」
何のためにお前なんかと付き合ってたのかわかんねーわ。
とかなんとか言いながら、2年付き合っていた彼は人目も憚ることなく私を捨てた。
本当は、ずっと前から知っていた。
彼には二人目も三人目も居るし、私なんかは要らないんだ。
私が要らないっていうよりも、一人減らしたかっただけなのかもしれない。
わかってはいたのに、心にぽっかりと穴が開いたように何も考えられなくなって、そこから動けない。
足が、棒になったように、言うことを聞こうとしないのだ。
「こんなとこでなにしてんの。お誘いなら喜んで乗らなくもねぇんだけど」
左腕にトンと小さな衝撃。
おそらく声をかけてきた彼の腕が当たったのだろう。
チラ、と見るといつかの居酒屋で出会った、レンタルショップにもいたふざけた店員。
「……行く先々に居ますね。ストーカーですか」
「ふざけんなよ!どっかのゴリラじゃねーんだからストーカーする相手くらい選ぶわ!!…………なんかツッコんでくんない!?銀さん一人でしゃべってる変な人になっちゃってるよォォオ!!?」
ふい、と顔を背けながらもつっけんどんに返すとそれが気にくわなかったのか大きな声でキャンキャンと吠えている。
道行く人が此方を見てクスリと笑い、女は男にしなだれかかり、男は女の腰を抱いて去っていく。
そう、ここはホテル街。しかもホテルの入り口の真横である。
連れてこられた時から知っていた。
ここで何をするのか解らないほど子供でもないし、自分を特別に思ってもいない男に抱かれても良いかと思えるほどの大人でも無かった。
ただそれだけのこと。
それでも、今日は一人でいたくなかった。
その一心で、となりの男の腕を掴み中へと引きずり込んだ。
適当な部屋を選び、その部屋へと向かって廊下を一心不乱に進んでいく。
「こんなところに連れ込んで何するつもりですかァ!!いや、何ってもうナニしかないのかも知れねぇけどナニすんですか!ヨロシクお願いしまぁす!!!」
部屋の番号を確認して中に入る。
乱暴にドアを閉めて男を押し付け、その男の唇に自分のそれを押し当てた。
「……。どっちかって言うと、銀さんあれだから!積極的なタイプ嫌いだからね!」
彼の服を脱がしかけていた手がピタリと止まる。
急な虚無感に襲われ、彼の手から逃れるように備え付けのベッドへと体を沈めた。
「嫌いならもう良いです。やめた。」
「え!?なになになに、ここまで来てお預けェ!?いやいやいや、銀さんの銀さんは準備始めてんですけどぉ?!」
やんやと騒ぐ彼にこれまた備え付けられていたマッサージ機、いわゆる電マを握らせた。
「……頑張ってください。」
またベッドに転がってボーッと部屋を眺めて、水槽の明かりがないのを少し寂しく思う。
「やってられっか!何で俺こんな惨めな思いしてんのォ!?今日の星座占い最下位だわ絶対!!」
とかなんとか叫びながら握りしめていたマッサージ機を投げ捨てると、部屋の角でブーンと小さな音で存在を主張する小さな冷蔵庫から二本、麦酒を持ってきて私の頬にピタリと当てた。
「……なんだよ。愚痴ぐらい銀さんが聞いてやっから、話してみろよ。」
「……いい人なんですね。つけ込まれますよ。」
「こうやって?」
ニヤリと笑った彼から麦酒を受け取り、どちらともなく乾杯をしたのだった。
「たった今、今日二人目に嫌われたんです。どう思います?」
「どうって、いや、……」
上から下まで舐め回すかのように見られる。
正直かなりの不快だ。
「……良い体のラインはしてると思うよ、服の上からでもわかぐふっ」
求めていない回答に、思わず枕を投げつけた。
「二股かけられてたんです。三股か四股かもしれないけど。」
「いっとっけど、俺は一途だからな!」
よく分からない相槌には返事もせずに、手元の缶のプルタブを引けばプシュっと小気味良い音と共にアルコールのにおいが鼻についた。
「尽くしてきたつもりも、相手に合わせてきたことも、確かに無かったかもしれない。
でも!!ひどいと思いませんか!?」
「ん?それよりさぁ、オタクキャラブレッブレじゃね?クールでいきたいの?うるさい系で行きたいの?まずその辺ぐわぶっ」
まともな返事もくれない男の顔にまたもや枕を投げつけながら、延々と元カレとなってしまった男へと投げつけるはずだった愚痴を垂れ流すことにしたのだった。
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