■ 2
「いらっしゃいませぇ」
やる気の無い声と共に出迎えられ、ふと振り向くと、昨日の爆食いトリオの一人の銀髪。
レジに腰を凭れかけながらジャンプを読んでいる。
いや、仕事しろよ、とかなんとか思いながらもスルーして目当てのコーナーへと移動する。
最近流行りの黒い蝙蝠男の作中に出てくるピエロの映画がレンタル開始になったのだ。
映画館には行く気になれず、ついぞ見逃してしまったが、ずっと見たいとは思っていたのだ。
考えていることは皆同じなのか、昨日出たはずなのに、このレンタルショップでも空き箱ばかりだ。
でも、昨日レンタル開始、ということを考えると返しに来ている人もいるかもしれない。
レジ前に行くと、例のジャンプの隙間から銀髪を覗かせる男がまだ立っている。
生憎、他の店員は品出し中か、見当たらない。
仕方ない、と銀髪に声をかける。
「あの、すみません。」
「ちょ、ちょっと待って!マジ今スゲー良いとこなんだよ!ホント300円あげるからぁ!」
ジャンプから顔を離すことなく捲し立て上げられた。
なんなんだこの人は。
「え?え、いや、でも」
「いや、ホント。お願いしまぁす」
いやいやいや、おかしいだろう。
とかなんとか思うものの、こんなにしっかりキッパリと、まさかの店員に断られるとは思っても居なかったので、少しだけフリーズ。
「いや、いやいやいや、あの、店員さん、」
「ギャーギャーギャーギャーうっせぇよ!発情期ですかぁコノヤロー」
パァンと小気味良い音と共にジャンプをレジ台に叩きつけた男は、此方を見て少し固まる。
「あ、ヤッベ。言いつけないでね。お願い300円あげるから……ハハハ、」
口元をヒクつかせる男に苛立ちを感じながらも、
「あの、ピエロー、返ってきてますか。」
ごく常識的に対応することにした。
この人は、きっと関わると面倒なタイプだ、と私の本能が告げているのだ。
「あ、ハァイ、ちょっと待ってクダサァイ」
先程とは打ってかわり、おとなしくチェックをしてくれる。
イラつきはしたものの、
この人はきっとこうやって、だらしなさから正社員を首になり、派遣社員になったものの派遣切りにあい、次の職場は倒産し、仕方なくアルバイトをやっているのだ。
昨日のあの子達を食べさせるのにもやっとで、たくさん掛け持ちをして、心が疲れきってしまって、こうやって漫画の中に癒しを求めているのだ。
そう妄想をしていると、心が少しだけ軽くなった、いや、可哀想に思えて逆に相手を気遣いたくなってしまった。
「これですかぁ?」
見せられたパッケージを見て、これです。かりたいのですが。と告げると、
「これ話題になってたやつじゃん。俺もちょうど見たかったんだよなー。一緒に見る?ここで」
と、キズチェックか何かのために置いてあるのであろうテレビを彼は指差した。
「いや、ホントいい加減にしろよ。」
きっと彼はどんな目にあっても心が疲れるようなやつではない。
と、私は思いました。まる。
無事何とかレンタルできたDVDを携えて、家路についた。
なんだか昨日からの疲れが全然とれない。
きっとあの男のせいだと思う。
もちろん、300円くれると何回も言っていた彼に払って頂いた。
おかげで得をした気分になったのは少々否めない。
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