相対のしるし | ナノ
相対のしるし




 たまには我が儘を言ってもいいのに。


「え?」


 クラブハウスの一室、椿が尊敬していてその上好きで好きで堪らない達海の部屋で、椿が驚いたような声を上げたのは、達海がそんな事を言い出したからだった。その言葉にきょとんとしながら椿は達海を見詰めた。


「だってさ、椿っていっつも俺に遠慮してるだろ」
「俺は、別に……」
「嘘つき」


 達海の拗ねた口調に椿は、う、と唸った。反論出来ない自分が情けない。
 達海が椿自身を好きでいてくれている事はわかっているし、とてつもなく嬉しいとも思うのだけれど。ただでさえ監督と選手という大きな隔たりがあるというのに、その上十五もの歳の差があっては、椿が遠慮してしまうのも無理はない。
 勿論達海は「遠慮しないでいい」と言ってくれているのだから、なるべく自分のありのままをぶつけたいと思っているのに。どうしても彼の前になると、萎縮してしまう自分がいる。それは椿が一番よくわかっていた。
 存外、自分もまだまだ未熟なのだ。


「……どうしたら、いいっスか」
「うーん、何でも言っちゃってくれていいのになって」


 達海の前で正座している椿を見て、何だか飼い主に叱られた子犬のようだと思い、達海は椿の頭を撫でた。椿は恐る恐る達海を見上げて、今度は恥ずかしさからかまた俯いた。
 遠慮しないでいいとはどういう事なのか。どうすればいいのか。そんなものを達海に聞くのは間違っていると知っているけれど、やっぱり達海の言う事をしてやりたいと思う。達海が好きな事は不思議と椿も好きだ。それでも共有出来る喜びをひしひしと感じていたのはもしかしたら自分だけだったのか、と考えれば考える程椿の顔は青くなっていった。
 目の前で赤くなったり青くなったりと忙しい椿を見て、達海は「怒った訳じゃないのに」と笑った。そしてすぐに真剣な顔をして椿に言った。


「椿、我慢と遠慮は違うんだよ」


 達海は椿の目を見て、それから強く強く椿を抱きしめた。椿の背に手を回す。きっと今真っ赤になっているであろう彼を想って、自分よりたくましい背中をゆっくり撫でた。
 達海にされるがまま、椿は真っ赤になりながらただ抱きしめられていた。しかしやっぱりいてもたってもいられなくて、少し勢いをつけて達海に飛びつくように抱き着いた。「にひ、犬みたい」と達海は言っていたけれど、そんな言葉は全く椿の耳には入っておらず、彼は膝立ちになりながら夢中で達海を抱きしめていた。
 達海さん、達海さん。泣きそうな声で名前を呼ぶ椿は、いつも彼をからかってばかりいる達海の目には本当に健気に映って。思っていた以上に好かれているという事をとても幸せに思った。
 だから茶化す事が出来なくて、ただ純粋に椿が願う事をしてやろうと一人頷いた。


「あの、達海さん……俺、達海さんとキスしたいっス」
「うん、いいよ」


 身体を離して達海の目を真っ直ぐ見て、凄く真剣に言われたから、達海は思わず笑ってしまった。それでも椿は気にせず、嬉しそうに目を輝かせた。本当に、犬みたいだ。尻尾を振って喜ぶ犬。
 恥ずかしそうに口付ける椿の緊張が達海にも伝わる。唇を押し付けるだけの行為でも、椿は酷く幸せそうな顔をして微笑むのだった。それが達海にはたまらなくて、今度は達海から椿にキスをした。ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てて、何度も何度も椿に口付けた。
 ふと唇を離した達海に見つめられて、椿は顔がかあっと赤くなるのを感じた。それと同時に、達海を誰にも渡したくないと強く願うようになって、いたたまれないくらい恥ずかしくなった。
 口許を手で押さえたまま固まっている椿の頬を、達海はぺちぺちと叩いた。


「椿ー?」
「……達海さん、好きっス。達海さん」
「ん、」


 何が椿のスイッチを押したのか、椿は達海の首に吸い付いた。
 ちゅ、と先程よりも大きな音を立てて唇が離れたと思ったら、吸い付いて赤く跡が出来た所をぺろりと舐めた。熱い舌が冷たい首に触れたものだから、くすぐったくて達海は身じろいだ。
 椿は達海の首に付けた跡をまじまじと見つめた後、もう一度そこに優しくキスを落とした。
 満足げに達海を抱きしめると、彼はいつもの口調で椿をからかう。


「跡付けた? 椿やらしーい」
「や……! そ、そんなんじゃないっス!」


 達海の言葉に慌てる椿を見て、達海がにひひと笑う。
 ずるい、と椿は呟いた。
 いつだって椿は年下扱い。事実自分の方が十五も年下なのだけれど、それ以上の余裕を含む笑いを浮かべる達海がかっこよくて、自分には届かないと思ってしまうのだ。たまには彼を翻弄してみたいと思うのに。自分しか見えないようにしたいのに。


「達海さん、好きです」
「はいはい、わかってるってば」


 好きだと何度も繰り返す事でしか達海を繋ぎ止める事など出来やしないのだ、と自暴自棄になりかけている椿の背中を、達海はぽんぽんと叩いた。


「大事にしてね」


 そう呟いた達海を、椿は「ウッス!」と返事をして強く抱きしめた。そして達海は、さっき椿に付けられた首の赤い印を、椿に見せ付けた。


「俺は椿のものなんでしょ?」







END


11.2.14 

なかなか達海に甘えられない椿と、もっと椿の望む事をしてやりたいと思っている達海。
お互いの首筋にキスマーク付いてたら萌えますよね……今回は達海だけですけど。
バキタツはほのぼのですね癒される。
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