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Gift

※高校生現パロ



 兵助はいつも忙しい。生徒会執行部書記だからというのは当然だけれど、毎日課題や予習をきっちりこなしている事も忙しい理由のひとつだ。
 しっかり者の彼は責任感が強く、真面目で、まさに優等生。中弛みの時期と言われる高校二年生になっても、彼の生活は何一つ変わらない。生徒会がある日は会議の記録や書類をまとめ、生徒会がない日には美術室で黙々と絵を描く。家に帰って夕食と風呂を済ませると机に向かい、課題と予習と復習。それらをしっかり済ませてから眠りにつく。当然夜十二時を過ぎるし、健康的であるとされる一日七時間睡眠など出来る筈もない。
 それでも授業中は決して寝たりしない。全く彼自身よりも周りの人間の方が見ていて冷や冷やする、と同級生でクラスメイトの竹谷八左ヱ門は罰が悪そうに目を細めた。


「たまには休めば? 兵助なら予習なんかしなくても大丈夫だろ」


 休み時間、教室の隅でうとうとしていた兵助に、八左ヱ門が話しかける。机の上には早くも次の授業の用意がなされていて、開きっぱなしの教科書を見るとどうやら兵助はそれを読んで予習をしているようであった。
 八左ヱ門の声によって再び現実に引き戻された兵助はぐっと背伸びをした後、目を伏せて眼鏡を押し上げた。その一連の動作さえもどこか上品で、八左ヱ門は思わず見とれてしまっていた。
 一時間弱の授業から解放された生徒達は、意味もなく教室を走り回ったりたわいもない会話をしていたりしてどこかせわしない。けれども兵助は相変わらずもの静かで、彼の場所、ひいては彼に見とれている八左ヱ門の場所も含めて、そこだけが全く別の空間のようにさえ思えた。


「俺は何かしてないと暇だから」
「じゃあ他にやる事があれば予習しないのか?」
「まあ、そうだな」


 兵助は依然として冷静にそう言ったが、八左ヱ門は何か思い付いたようで、一人口角を上げて笑った。そうして首を傾げた兵助の頭を優しく撫でて、「放課後、寄り道しよう」と満面の笑みで告げた。兵助は口を開けて珍しく間抜けな顔をしているから、八左ヱ門は声を出して笑ってやった。
 ちょっと、と兵助が異論を唱える間も与えず八左ヱ門は彼の元を離れてしまった。兵助の席から一列跨いだ所にある自分の席に座る。さっきまで気にも留めなかった教室内のざわめきを、今は全て耳が拾っている。けれどもそれは聞こえないふりをして、放課後兵助とどこへ行こうかと頭の中で帰り道を辿る。せっかく二人で行くのだから、電車に乗って少し遠出をしてもいい。幸い明日は休みだし、兵助の家も門限が厳しい訳ではない。
 でもやっぱり兵助が行きたい所の方がいいかな、と思い座ったまま少し大きな声で彼を呼んだ。真っ直ぐな深い藍色の瞳がこちらに向けられる。それだけで心音が速くなる気がした。


「兵助はどこに行きたい?」
「……俺は、」


 兵助がぎこちなく口を開いたところで、六限の始めを知らせるチャイムが教室に響いた。同時にクラスメイトの声が、今度は教室を急ぎ足で歩き回る音や椅子を引く音に変わる。それによって兵助の声は全て掻き消されてしまった。
 聞こえない、と八左ヱ門が片方の耳に掌を当ててジェスチャーで示すと、兵助は固く口を結んだ後、また口を開いた。今度はそのゆっくりとした唇の動きを読む。時間をかけて紡がれる一文を、教室が静まった後も集中して読み取る。そして、言い終えた兵助が八左ヱ門から顔を逸らした。
 やっとの思いで受け取った言葉を頭の中で反芻する。読唇術を心得ている訳でもないけれど、兵助の言いたい事は確かに八左ヱ門に伝わった。
 その言葉が余りにも、愛しくて。


『ハチといっしょなら、どこでも、いい』


 普通に考えれば親友同士の会話のほんの一片に過ぎないが、兵助の言葉にはそれ以上のものが詰まっているという事を、八左ヱ門は知っている。だからこそ、兵助も滅多にそういう事を言ってくれない。
 いつもの兵助なら絶対に言ってくれないだろうな驚いてと彼に目をやると、心なしか耳が少し赤いように見えた。


「……ああ、もう」


 八左ヱ門は机に突っ伏した。こんな顔、誰にも見せられない。言った本人より言われた自分の方が赤くなってしまうだなんて。
 でも、嬉しくて顔が緩む。授業なんてもうどうでもよくなってしまった。
 早く、早く来い。
 きっと甘い、僕等の放課後。





11.10.03
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