バトルエイジ4 | ナノ
バトルエイジ4




「五年生、ねぇ」


 一方こちらは六年長屋、文次郎と仙蔵の部屋である。二人を含め今日五年生に呼び出された面々が寝巻姿で顔を見合わせていた。そこに文次郎と留三郎が居ないのは、まだ風呂に入っているからだと言う。
 伊作はぽつりと呟き、ぼーっと天井を見上げていた。彼にとって今日の試合は色々刺激的だったらしい。
 あと一年も経たぬうちに忍者として城に雇われる彼等の中で、伊作はあまり好戦的なタイプではなかった。むしろ怪我人の手当てが最優先という平和主義者のような性格であった。それ故「忍者には向いていない」と言われ続けていた。
 そんな伊作から見て、今日の小平太と八左ヱ門の戦いは忍者同士のどの戦いよりも血気盛っていたような気がしていた。言うなれば「肉食獣の喰い合い」である。小平太は元々とても好戦的で常に動き回っているような奴だが、血に飢えているというのはまた違う。――筈であった。
 だが今日の小平太は、八左ヱ門が獲物だと言わんばかりに飛び掛かり、蹴り飛ばしてしまった。文次郎達は「手加減してるだろ」と言っていたが、伊作にはどうしてもそうは思えなかった。あの状況を見る限り、手加減出来る程の余裕があったとは思えない。八左ヱ門も相当辛そうだったが、きっと彼が相手だったからこそ出来ただろうとは思う。


「ねぇ、小平太。八左ヱ門の動きはどうだった? 小平太の圧勝だったけど、筋は良かったの?」
「私は圧勝ではなかったぞ」
「はあ?」


 何を言っているんだ。そう言いたげに伊作はあんぐりと大きく口を開けた。しかし小平太は犬のようにごろんと長次の膝に頭を乗せ、すりすりとほお擦りしているだけだった。
 八左ヱ門は鋭い攻撃を繰り出すものの、全て小平太に交わされていたし、最後は完全にノックアウトされて敗北した。一方小平太は強烈な攻撃が見事八左ヱ門に命中し、五年生の中でも体力に関しては一二を争うという彼に見事圧倒的勝利を収めた。攻撃力、回避策、テクニック、体力、全ての面において小平太は八左ヱ門の上を行っていた。これを圧勝と言わずして何と言う。
 しかし小平太はそれを否定する。勿論彼は謙遜するような性格ではない。やっぱり伊作は納得出来ないような表情で「圧勝だと思ったんだけどなあ」と言った。


「竹谷は強かった。私が思っていた以上にな」
「そうなの?」
「けれど、竹谷は忍者に向いていない。忍者になるべきではない」


 長次の膝に頭を擦り寄せたまま、小平太は平然とそう呟いた。伊作には何の事だかさっぱりわからなくて、「これが天才だけに見える何かか」と思って追求を諦めた。
 伊作自身も忍者に向いていないとは言われるが、竹谷はそんな事を言う心配などないではないか。実力も体力も、度胸も何もかも、磨けば更に強くなる。今でも十分強い。
 小平太が何を基準にしてこんな事を言っているのかはわからないが、これ以上の素質があるとも思えないのだった。
 伊作が悶々としていると、今までずっと黙っていた長次が「足……」と言って小平太の頭に手を置いた。小平太はきょとんとしながら起き上がり、自分の足を見る。すると彼の膝には痣や擦り傷があった。それを見た本人は「おー?」と呑気に声を上げるだけだったが、伊作は小平太よりも驚いた表情でまじまじと痣を見詰めていた。部屋の隅でうとうとしていた仙蔵も、遠目でそれを見ていた。


「長次、凄いな! 怪我をしているなんて知らなかった!」
「……竹谷の足払いと、小平太の蹴りのせいだ」
「え、竹谷の攻撃って命中してたの?」
「……いや掠っただけだったが」


 長次のこういう所が怖い、と伊作は思う。静かに静かに、何も言わず、しかし誰よりも状況を理解している。冷静すぎる長次はきっと何か起きようとも顔を歪める事はないのだろう。表情豊かな小平太と共に居る事が多い為、それがまた無表情の長次を更に冷たく見せた。
 冷静さは忍にとって間違いなく長所ではあるが、味方の長所を呑気に分析していられるのもあと少しだけだ。学園を卒業して城に雇われてそれぞれが敵同士になってしまえば、かつて味方だった者の長所は任務達成の妨げにしかならない。それがどこか悲しくて、伊作は俯いてきゅっと拳を握った。
 けれど次に伊作が顔を上げた時は、いつもの優しい表情に戻っていた。
 少なくとも、今はまだ一緒にいられるのだ。







「おー竹谷! また虫が逃げたのか?」
「……七松先輩? まぁ、そんな感じです」


 がさがさと草むらに頭を突っ込んでいた八左ヱ門は、小平太に返事をしてから草むらから顔を上げた。長い髪に緑の葉っぱがいくつもくっついている。
 しかし地べたをはいずり回って虫を捜していた八左ヱ門よりも、小平太は全身土まみれでどろどろだ。恐らくいつものように塹壕を掘っていたのだろうと、八左ヱ門には簡単に予想がついた。
 今日は委員会がないから暇だ、と笑う小平太は八左ヱ門と戦っていた時の鋭い雰囲気は一切纏っていない、純粋な子供のようだ。童顔であるから余計にそう思うのだろうが、この差には八左ヱ門も惹かれる所があった。
 冷静に考えても、小平太に勝てるなど全く思えない。きっと追い付いても離されて、そのまま卒業していくのだろう、この人は。しかしそれでも、あの時の高揚が病み付きになりつつある自分がいる。
 喜んで良いのだろうか。八左ヱ門は思う。


「七松先輩、どうですか、一戦」


 まるで飲みにでも誘うような口ぶりで八左ヱ門は言った。その言葉に、小平太は目を光らせて答えた。


「懲りない奴だな、お前も。私は手加減などしないぞ」
「承知の上ですよ。ていうか、手加減なんかしたら殴り飛ばします」
「言うじゃないか」


 やるからには勝つつもりだ、恐怖はない。拳に力が入る。


「来い、竹谷」


 目の前の壁の大きさも、今は見ないふりをした。





END

11.09.26
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -