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※会社員達海35歳と大学生椿20歳パラレル話



 スーパーに来たから、何か椿の好きな食べ物でも買ってやろうとメールしたのに、返って来たのは欲も何もない文章。

『すいません、卵一パック、買ってきて貰えませんか?』

 結局頼まれた卵だけを買って、いつも通り椿のマンションに来た。会社帰りにほぼ毎日という程椿の部屋に来ているので、もうここが俺の自宅と言ってもいいような気がする。実際自宅より椿の部屋にいる時間の方が長いし。
 二階の突き当たりの部屋が、椿の自宅だ。俺が来る事がわかってるから鍵は開けてくれている。開いてなくても合鍵使って勝手に入るけど。
 ドアを開けて割と大きな声でただいまと言うと、椿が即座に反応して居間から出て来てくれる。いつまでもこうやって出迎えてくれるのが堪らなく嬉しい。


「おかえりなさい、達海さん」
「ただいま椿。はい、卵」
「あ、すいません急に頼んじゃって……助かりました」
「いいよ別に、ついでだし」


 謝る椿に卵が入ったスーパーの袋を渡そうとしたけど、右手におたま左手にお椀とどうやら両手が塞がっているみたいなので、台所まで持って行ってやる事にした。割れないようにそっと床に置いて靴を脱ぐ。
 しかし今日の椿はいつにも増して新妻っぽい。おたま持ってエプロン姿。エプロンは青だからおそらく男物なんだろうけど、普通一人暮らしの大学生がエプロンなんか付けないだろう。しかもこのエプロンちょっと子供っぽい。高校の時に使ってたものそのまま使ってんのかな。まあ可愛いしよく似合ってるからいいや。


「何作ってんの?」
「カレーですよ」


 椿の持っているおたまを指差して、台所までの短い距離を歩く。居間に入ってもまだカレーの匂いはしない。
 台所の空いたスペースに卵を置いて、手を洗いに洗面所に行こうとしたけど、なんだか椿が忙しそうなので台所で手を洗ってすぐにアクを取る役を交代してやった。おたまを受け取るとすいません、と椿が小さく言う。
 食器を片付けながら卵を冷蔵庫にしまう椿はいつもよりテキパキしている。そのあと椿はパックから取り出しておいた卵を二つ取って小さな鍋に入れる。どうやらゆで卵を作るらしい。


「アク取り終わったぞー」
「あ、ありがとうございます。ルー入れますね」


 カレーを作っている鍋の隣でゆで卵を作る小さな鍋を火にかけてから、椿はカレールーを割って鍋に入れていく。俺はすっかりやる事がなくなってしまったので、気まぐれに椿に後ろから抱き着いた。
 腰に手を回して椿の肩に顎を乗せて鍋に目を落とす。案の定椿の動きが止まる。


「た、達海さん?」
「今日の椿は新妻みたいだな」
「何ですかそれっ」
「ほらほら手ェ止まってんぞー」


 指摘すると椿はむっとしつつカレーを掻き交ぜる。それから隣の鍋もくるくる混ぜていく。後は待つだけ。
 やる事がなくなったらしい椿を更に力を入れて抱きしめる。びく、と椿の身体が強張ったのに気付いて口角が上がるのを抑えられなかった。力を入れただけでこんな反応を見せる椿が本当に愛らしい。
 再び小さな鍋を掻き交ぜ、火を止めた椿は、腰に回された俺の手に自分の手を重ねた。


「鍋動かすんで……あの、危ないです」


 どうやら危ないから離れろと言っているらしい。しかし本人はどうも離れて欲しくなさそうな顔をしている。本心隠せてないよ椿。
 でも万が一椿が火傷でもしたら困るから、俺は何も言わずにそっと椿から離れる。
 仕方ないのでソファーで待っている事にした。


「出来た?」
「あ、今冷ましてます」
「じゃあちょっと来てー」


 とりあえずやる事がなくなった椿を手招きして呼ぶ。首を傾げつつこちらに歩いて来る姿が犬っぽい。
 何ですか? とエプロンを付けたまま目の前で笑う椿を見てると何だか堪らなくなって、俺は勢い良く立ち上がって抱き絞めた。そしてそのままソファーに腰を下ろす。バランスを崩した椿は咄嗟に俺にしがみついた。


「た、達海さん?」
「新妻っぽい椿見てたらたまんなくなっちゃって」
「だから新妻って何……ん、ん」


 にひひ、と笑いながら椿に口づけるとくすぐったそうに笑う。椿のこういう顔好きだなあ。
 椿を無理矢理引き寄せた為、中途半端に片足だけソファーの上に乗っている。ジーンズの上から太ももを撫でると椿は驚いたように目を見開いてからぎゅっと俺に抱き着いた。こういう反応をするのは椿が恥ずかしさを隠す時だ。赤くなる顔を隠す為、漏れてしまいそうになる声を抑える為。
 顔が見られないのは残念だけど、椿が思いっきり抱きしめてくれるのが嬉しくて、執拗に椿の足を撫でる。太もも、膝裏、ふくらはぎ、足首、足の裏。誰でもくすぐったい所なんだろうけど、ゆっくり撫でると結構感じる所らしい。
 椿の顔が俺の肩にぐりぐりと押し付けられる。椿は足首が特に弱い事を知っているから今度は足首ばかりを撫でていると、凄く小さな途切れた喘ぎ声が聞こえて、思わず口許が緩んだ。
 可愛い。仕種の一つ一つが愛しくてたまらない。


「ん、ぁ……はっ、ん、」
「足首撫でてるだけなのに、エロいね椿」
「ふ、達海さ、カレー……」
「カレー? 何?」


 そう尋ねた途端、台所からピピピピーッという高い音が響いて来た。あ、キッチンタイマー鳴ったのか。カレーが出来たらしい。
 どうやらあのキッチンタイマーはボタンを押さない限り止まらないようだ。休みなく高い音が耳に届いてくる。
 止めて来ます、と身体を離した椿を仕方なく解放すると、逃げるように台所へ向かって行った。早足で行ってしまったからよく見えなかったけど、多分耳が赤かった。
 しかし、まさかキッチンタイマーに邪魔されるとは。夕飯の前に椿を頂こうかと思ってたのに。


「カレー、出来ましたよ」
「おー」


 振り向いて笑顔でそう言ったエプロン姿の椿はやっぱり新妻みたいだ。会話も気分もすっかり新婚生活。
 いい歳して何考えてんだか、と苦笑して、台所にカレーを取りに行く。


「皿ってこれでいいの?」
「あ、はい」


 何故か今隣でゆで卵の殻を剥いている椿を横目で不思議そうに見て、炊飯器を開ける。あ、よかった、ちゃんと炊けてる。炊飯器のスイッチ押し忘れてたっていうベタな展開になったらどうしようかと思った。むわっと広がる蒸気をしゃもじでぱたぱたと扇いで、二つの皿に飯を盛る。
 カレーの鍋の蓋を取って、なるべく具が偏らないように、飯にかからないようにルーを入れる。飯とルーが分かれてる方がちょっと美味そうに見えると思うんだよなあ、俺としては。
 よし、食うか。二人分のカレー皿をテーブルに運ぼうとすると、椿が飯の所にゆで卵を丸々乗せた。


「え、カレーとゆで卵一緒に食うの?」
「あれ、達海さんやった事ないですか? これ結構美味しいんですよ」


 ふふ、と笑っている椿にふぅんと返事して、テーブルの上にカレーを置く。その後をスプーンと冷えた麦茶を持った椿が付いてきた。
 向かい合うように席に着いて、いただきます。椿はこの時、手を合わせてしっかり目を閉じる。それが可愛くて、俺はいつも手を合わせながら盗み見るようにその顔を見ていた。今日も例外ではない。
 すぐにカレーに食らい付く椿をじっと見てみる。ゆで卵とカレーを一緒に食べた事がないから、正直どうすればいいのかわからない。


「ん、何ですか?」
「いや、コレどんな感じで食うのかなあ、と」
「白身と黄身とルーとご飯を一度に食べるとうまいっす!」
「要するに全部って事な」


 俺はゆで卵を適当に細かくして飯とルーと一緒に口に運ぶ。最初はやっぱり普通のカレーの味しかしない。けど……あれ、意外に黄身とルーが合っててうまい。
 美味しいですか? と椿がもぐもぐ口を動かしながら首を傾げる。


「これ美味いね椿」
「……んぐ、ホントっすか!」


 俺が頷くと、椿は目をきらきらさせて喜ぶ。俺の言葉一つでこんな反応見れるなら、何回だって言ってやるんだけど。
 嬉しそうに微笑む椿の口許にカレーが付いていて、俺は思わず噴き出しそうになった。カレーに夢中の本人は多分全く気付いていないのだろう。
 間抜けだなあと笑いながら、口許を指差して教えてやると、案の定椿は驚いて目を見開いてから、恥ずかしそうに俯いた。


「ティッシュ……あれ、もうない」
「まあカレー付いたままでもいいんじゃない?」
「え、嫌ですよっ! えっと……取って来ますね」


 机の端に置いてあるティッシュの空箱を持って、椿が立ち上がる。きょろきょろと辺りを見回してから、リビングをうろうろと歩き回る。どこにしまったかくらい覚えとけよなあ、まあ俺もきっと覚えてないだろうけど。
 ふと、俺の横を通り過ぎようとした椿の胸倉を掴んで引き寄せる。バランスを崩した椿は咄嗟に机に手を付いて、逆の手に持っていた空箱は床に落としてしまった。
 胸倉を掴んだまま、椿の口許に付いているカレーをぺろりと舐め取る。そのついでに、唇に触れるだけのキスをした。


「食事中に立ち歩いちゃ駄目だろー?」


 そう言ってにひひと笑い、胸倉から手を離してやると、椿は驚きに目を見開いたまま顔を真っ赤にした。本当に椿は不意打ちに弱い。
 うう、と唸りながら視線を落とす椿の顔を覗き込んでやれば、眉をひそめて恥ずかしそうにそっぽを向く。本当にこの反応が可愛くて仕方がない。今すぐにでもベッドに連れ込みたいけれど、食事中なので我慢する。
 ならさっさと食っちまおう。恥ずかしさで俯いている椿に笑いかけてから、椅子に座り直してスプーンを手に取る。
 すると、今度は俺が胸倉を掴まれた。そのまま椿が俺の頬を舐め、キスを落とした。


「ほっぺたにカレー付くくらい急いで食べてる達海さんも、お行儀悪いですよ」
「え、付いてた?」
「……なーんて」


 嘘です。そう言って椿が笑う。
 びっくりした。いい歳してほっぺたにカレーとか間抜けどころの話じゃない。
 ……にしても椿、あろう事か俺を騙すだなんて。俺は不機嫌そうに口を尖らせ、それから不敵な笑みを浮かべた。


「後で覚えとけよ、椿。二度とこんな事出来ないようにしてやるからな」


 でも、椿にだったら、たまには騙されるのも良いかもしれない。
 そう思ったのは、椿には秘密だ。







END


11.04.08

会社員×大学生第二弾^o^大学の設定投げた
カレーにゆで卵を乗せるのを我が家では「おお振りカレー」と言うのですが。皆さん普通カレーにゆで卵乗せて食べるもんなんですかね?
ここでは達海が初めてカレーとゆで卵一緒に食べるという設定にしてみました。
まあベッタベタなお約束展開ですね。達海のテンション低すぎた。
いつにも増してグダグダで申し訳ない。
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