僕を、貴方を愛して下さい | ナノ
僕を、貴方を愛して下さい




 ありがとうございます。
 そんなありきたりな言葉を並べるよりも、下手なりに伝えてみようと思った。
 達海のベッドの上で、彼に押し倒された状態のまま椿は恥ずかしそうに微笑んだ。椿の顔の横に手をつき、椿の上で四つん這いになったまま不思議そうに椿を見下ろしている。椿の視界全て達海しか見えなくて、それが椿にはとても幸せに思えた。
 椿は絞り出すようにゆっくりと、達海に言った。


「俺、自分が嫌いだったけど……達海さんが好きになってくれた俺なら、俺も、ちょっとだけ好きになれる気がするんです」


 ずっと変えたくて足掻いていた自分は、無駄ではなかったのだと思う。達海が好きになってくれた途端自分がちょっとだけ好きになれたなんて、酷く現金で単純だと思うけれど、達海を信じる事に躊躇いはない。
 達海は驚いたように椿を見る。当たり前だ、この前自分が嫌いだと言っていた奴が、あんな事を言い出したのだから。
 椿は少し起き上がって目を見張る達海にキスをして、恥ずかしそうに笑った。恋愛経験がない椿にとって、大好きな達海にキスをする事はまだまだ慣れないし恥ずかしい。そんな情けない姿を見られてでも、達海に触れたいと思う。触れられたいと思う。


「ねえ、椿。ずるい事言ってもいい?」
「え?」


 恥ずかしそうにしている椿に比べ、達海はいつも通り椿に話しかけた。その余裕がやっぱり歳の差のせいでもあるのだと、椿は少し悲しくなった。距離感や身長差ならともかく、歳の差だけはどれだけ足掻いてもどうにもならない。それでも自分が年相応に落ち着いていれば、と自分を責めたりしていた。


「俺は、椿が悪く言われるのは嫌い。まあ俺だけが椿を好きでいればいいとは思うんだけどさ。……例えお前でも、椿自身を悪く言ったりするの、俺は嫌なんだ」


 達海に真っ直ぐ見つめられて、椿は思わず目を背けたくなった。達海がとても嬉しい事を言ってくれているのに喜べない自分がいたからだ。
 椿だって、例え達海でも達海自身を批判されるのは決して気持ちのいいものではない。第一、達海にはもっと自分を大事にしてほしいと思う。
 達海も椿に同じ事を思っているのだろうか。達海が大切で、自分の事を考えている余裕などないくらい彼を想っている椿よりも、達海はやはり大人なのだろうか。
 椿は泣きそうな顔で唇を噛み締めた。


「だから情けないなんて言うな。自分が嫌いなんて言うな」


 そんな事を言われたら、自惚れてしまいそうだ。達海の言葉が椿にとってどれだけ影響力が強いのか、きっと達海は知らないのだろう。


「お前はかっこいいよ、椿」


 そんな愛おしいものを見るように目を細めて笑われたら、どうにかなってしまいそうだ。
 嬉しさとか、悲しさとか、色々な感情がないまぜになってどろりと椿の身体を支配する。それでも心地が悪いなんて思わないくらい、達海が好きだ。
 泣きそうに歪められた顔を見て達海は驚いた顔をしていたけれど、何も言わず椿を抱きしめた。それに呼応して椿はしっかりと目を閉じた。
 ふと目を開くと、天井が目に映る。すると達海がぽんぽんと椿の背中を叩いた。そうだ、この人はとことんずるい。


「達海さん、ずるい……。俺は達海さんと一緒に居るだけで、余裕ないのに……」
「にひひ、もっと溺れろ。お前の頭ん中俺でいっぱいになるくらい」
「もう、なってますよ、ばか」


 身体を離し、くすりと笑って椿がそう言うと、達海は面食らったように目をぱちぱちしてから、悪戯っぽい笑みを浮かべると椿の首筋に噛み付いた。そのまま歯を立てずに唇だけをもぐもぐと動かす。椿はくすぐったくて、う、と短く声を漏らした。
 やがて椿の首筋から唇を離した達海は満足気に「椿の匂いだ」と言って笑った。


「もう、一体何がしたいんスか……」
「だってお前が馬鹿とか言うからー。俺は意地悪なんだよ。嫌な奴に捕まったもんだね、お前も」


 椿はぎゅっとシーツを握り絞め、耳の縁を少し赤らめて達海を見た。それなのに達海がそんな事を言うものだから、一瞬頭に血が上って、椿らしくない大きな声を出した。


「達海さんっ、俺も達海さんが悪く言われるのは嫌っス! 例え達海さんでも!」


 椿は真剣な目で達海を見る。しかし達海は横目で彼を見るだけで何も言わなかった。
 達海は、他の奴でも椿でも、椿が悪く言われるのは嫌いだと言ったけれど、多分椿はちょっと違う。達海が、達海自身を悪く言うのが、椿にとっては一番嫌だし頭に来る。なんたって回数が格段に多いのである。確かに少し捻くれているし意地悪だとも思うけれど、達海の場合、自分の事が酷く嫌いに見えて仕方がない。まるで枷を付けるように、自分を糾弾しているように見える。


「あなたは、もっと自分を大事にするべきです……っ」
「……泣くなよ、椿」
「な、泣いてません!」


 うっすらと目に涙を溜めた椿をあやすように、達海は優しく彼の頭を撫でた。今の椿にはそれさえ心が痛む行為で、悔しそうに唇を噛み締めた。
 どうしてこんなに悔しいのか今はもうわからないし、追求する事にも疲れた。けれど、達海が何を考えているかわからなくて、椿としては悲しい。何かを言えば「だって椿は俺より十五も年下なんだから」と、いつもその一言で片付けられてしまう事が不服でもあった。
 けれどそんな悔しさが苦にならない程、達海とこうして過ごせる事が何よりも嬉しかった。


「……達海さん、俺、幸せなんです」


 そう言うとまた抱きしめられる。肩口に埋められた達海の頭がすりすりと椿に擦り付けられる。椿は達海の背中に手を回して服をぎゅっと掴んだ。
 こんなにも誰かを好きになった事がない椿にとって、初めてのこの恋は障害が多過ぎるように思える。甘い気持ちばかりを分け合うと無意識に思っていたけれど、実際は辛い事の方が余程多いのかもしれない。絶対の将来どころか、一年後、言ってしまえば明日この関係が崩れてしまう可能性だって必ずしもゼロという訳ではない。それでも今幸せだと言い切れる事に、椿は自分でも驚いていた。


「……そんな事言ったら俺、自惚れちゃうよ」
「いいんです、それで。俺の言う幸せがどういう意味なのかは、達海さんの解釈に任せます」
「なにそれー、投げやりじゃね?」


 笑いながら言った達海の声が直接耳に響いて、くすぐったく思いながら椿も無意識のうちに笑った。
 それに気付いた達海が突然椿の耳にふっと息を吹き掛けたものだから、椿は身体をびくりと強張らせて小さく声を漏らした。同時に達海を抱き絞める腕の力が強くなった。
 気まぐれな達海の行動に椿は何故か無性に笑えてきて、くすぐったい、と満面の笑みで言った。それを聞いた達海がまた笑う。色気もくそもない、と。


「もー、ムードって大切じゃねえ?」
「ふふ、達海さんの頭の中が俺の事でいっぱいだったら何でも良いです」
「……お前、変なとこ潔いよな。たまにこっちが恥ずかしくなるよ」


 埋めていた顔を上げて達海が驚いたように言う。椿も恥ずかしい事を言っているとわかっているけれど、もうあまり気にならなかった。本当に思っているからこそ口に出せる事だから。
 達海はごろんと椿の隣に寝転ぶ。ギシリとベッドが揺れた。達海が寝転んだのに合わせて椿も横を向くと、途端に達海からキスされた。ちゅ、と音を立てて唇が離れたと思ったら、達海に舌でぺろりと唇を舐められて、椿の顔はみるみるうちに赤くなった。キスされた時は閉じていた目を唇が離れた瞬間に開いて、物凄く近い距離で達海が椿の唇に舌を伸ばす瞬間を目の当たりにしてしまったせいでもある。


「はは、今更赤くなんのな」
「だって、達海さん、いきなり……」
「ふーん、椿って不意打ちに弱いんだぁ」
「よ、弱いとかそんなんじゃないですっ!」


 声を張り上げる事によって達海の言葉に肯定しているも同然だという事を、椿は知る由もない。
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている達海を睨んでも、恥ずかしくてずっと目を見ている事が出来なかった。目を逸らすと達海が笑いながら椿の頭を撫でた。それがまた椿にとっては恥ずかしかったけれど、とても安心した。
 泣きそうなくらい悲しくなった分だけ、今些細な事で笑い合える幸せがある。そう思うと椿は凄く達海が愛おしく思えて、恥ずかしいながらも今度は自分から口づけた。
 同じように達海の唇をぺろりと舐める。達海の顔が少しだけ赤くなった。それを確認してから、椿は更に赤くなった自分の顔が見えないようにと、達海に抱き着いて胸に顔を埋めた。


「……達海さんも弱いじゃないですか、不意打ち」


 苦しい程にぎゅっと達海を抱き絞めて、椿は嬉しそうに言う。達海もきっと同じ気持ちなのだろうと口許が緩んだ。
 達海の足が椿の足に絡んでくる。同時に、真似すんなよなー、と笑いを含んだ達海の声が降ってきた。真似とは勿論キスの事だろう。


「……敵わねぇな、まったく。惚れ直したよ」
「ふふ、嬉しいです」


 達海に強く抱き絞められて椿は、苦しいと笑った。ある筈のない絶対の将来と、彼の幸せをただ純粋に想う。
 好きな人が、少しでも自分自身の事を愛せますように。







END


11.03.13 

椿が笑ったり泣いたりする話のつもり。泣いてないけど。
達海が自分の事好きじゃなさそうというのは個人的な意見です。
達海の頭の中も椿の頭の中もお互いの事でいっぱいだったらいいよ!^ω^
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