Sweet lover | ナノ
Sweet lover


※会社員達海35歳と大学生椿20歳パラレル話



 会社帰り、俺が椿の住むマンションに寄るようになってから約三ヶ月が経った。俺は普通の会社員、椿は普通の大学生。男同士だが、恋人。そんな異色な関係を築いてきた俺達の始まりは、あんまり良いものじゃなかった。
 もともと椿が通う大学に知り合いが居て、俺はちょくちょくそこの大学に顔を出していた。サッカーのサークルを見つけてからは練習している所を眺めるようになった。そこで目に留まったのが、いつ見てもミスばかりしているちょっと気の弱そうな奴。それが椿。何度見ても、ミスばっかしてた。

 ――なあ、そんなんでサッカー楽しい?

 見てられなくなった俺はついにそんな事を言ってしまった。すると椿は目を見開いて俺を見た後、ため息をついて俯いた。それから

 ――自分のプレーは嫌いです、でも、サッカーは好きです。

と言って逃げるように去って行った。
 今思えば、俺はなんてデリカシーのない事を言ったんだと思うけど。それでも椿は俺が昔サッカーをしてたと知って「変わりたい」と打ち明けてきた事は、本当にラッキーな事だったんだと思う。だってプレーに関しての事なら、一度二度話しただけの俺よりもサークルの先輩に相談した方が余程的確なアドバイスが貰えた筈だ。まあ俺達はお互いをよく知らないだけに、悩みを打ち明けても印象が大きく変化しないという点で椿にとっては都合がよかったのかもしれないけど。
 そうして相談に乗るうちに、俺は段々椿に惹かれた。椿も相談を持ち掛けるうちに俺に惹かれたと言っていた。そうして椿が勢いに任せて告げた。

 ――達海さん、好き、です。嘘じゃなくて、本当に。

 15も年下だという事で少し罪悪感や背徳感みたいなものを感じたけど、この際構わなかった。拙いなりにも言葉を紡いで俺に告白する椿がどうしようもなく可愛かった。
 それが、事の始まり。それからはほぼ毎日、俺が椿の住むマンションに訪れる事が当たり前になった。今じゃ合鍵まで持ってるくらいだ。


「椿、ただいまー」
「あっ、達海さん、お帰りなさい。お疲れ様です」


 玄関に入って居間に届くくらいのちょっと大きい声で呼び掛けると、すぐに椿が居間から顔を出す。このやりとりがどうも新婚みたいな感じで、毎日やってても正直全く飽きない。
 パーカーにジーンズといつも通りラフな格好の椿が、俺の元へ近所迷惑にならない程度の足音で駆け寄って来る。その姿がさながら飼い主の帰宅を喜ぶ柴犬みたいで少し笑ってしまった。しかし椿はそんな事気にも留めずに、何か言いたげな顔でそわそわと俺を見ている。何か嬉しい事でもあったのか。


「あの、俺、今日1ゴール決めたんです」
「えっ、まじで?」
「はい!」


 俺が思わず驚いた声を上げたものだから、椿は照れ臭そうにしながらも微笑んだ。褒めてやる事を忘れそうになるくらいその笑顔が愛しい。
 何も言わずに頭を撫でてやると、椿はふにゃりと気の抜けた笑顔を見せる。それが本当に柴犬っぽい。
 今日の椿のプレーを見られなかった事が残念だが、俺が居なくても椿はちゃんとやれる、頑張ってるってそう確信した。それがどうしようもなく嬉しくて、目の前で微笑んでいる椿を抱き締めた。


「今日の自分のプレー、しっかり覚えとけよ」
「はい。……それで、あの、達海さん」
「ん?」


 抱き締められていて苦しいのか、椿はもぞもぞと動いた後俺の肩口に顎を乗せてから、ゆっくりと俺の背中に手を回した。耳元で椿が息をはいたのがわかった。
 言いにくそうに、あの、と何度も繰り返している椿を静かに待つ。急かすと余計に言えなくなる事を知っているから。
 そうして背中をさすってやると椿の身体がびくりと跳ねたのでこっちまで驚いた。これじゃ萎縮してると言うより挙動不審だ。


「あの、俺、達海さんの家に……、行きたいんです」
「俺の家に? なんでまたそんなつまんないとこに」
「いつも来て貰ってばっかりだし……、あと、達海さんが住んでる所、行ってみたいんです」


 達海さんの事、もっと知りたい。
 微かに声を震わせて恥ずかしそうに耳元で言われれば、もう愛しさが込み上げて来て堪らない。今更だけど、椿の一言がこんなにも嬉しいだなんて、俺は相当椿に惚れ込んでいる。
 俺は抱き締めていた椿を解放すると、椿の腕を掴んで居間に移動した。玄関先で椿を愛でるのもいいんだけど、やっぱり居間の方が落ち着く。俺もそろそろ座りたいし。
 居間に行くといつも二人で並んで座るソファーに腰を下ろした。何も言わなくても隣に座る事が当たり前になっているから、椿はいつも通り俺の隣に座る。いつもならこのまま椿に抱き着いたりするけど、今日は絶好調の椿にちょっと頑張って貰う事にしよう。返事はその後って事で。


「椿、今日はそこじゃだめ。前に立って」
「え?」
「いいからいいからー」


 にひー、と自分でも意地の悪いと思う笑みを浮かべて椿の腕を離した。椿は訳もわからず言う通りに俺の前に立った。
 どういう反応するかとか、どういう事言うかとか、それが全く予想出来ないから椿は面白い。ふいを突かれて可愛い事を言われたら嬉しさだって倍だ。それがどうしようもなく楽しくて全然飽きない。もっと見てたくなる。
 口許が緩むのを自覚して、目の前で首を傾げている椿に見せ付けるように両手を広げる。小さい子供に「だっこしてあげる」って言うみたいに。そして一言おいでと言うと、椿は一瞬固まって、やがて状況を理解すると頬を朱に染めた。本当に、どこまでも初心だ。そこが可愛いんだけど。


「ぎゅーってしてやるから、おいで」
「うう……、わかってて、やってるんですか」
「んー、さあ? だって椿さ、自分から抱き着いた事ないじゃん」


 拗ねたようにそう言うと、椿はまた、うう、と唸ってから俯いた。もう、何でそういう反応すんのかな。悪戯心をくすぐってるとか、余計俺を楽しませてるとか気付かないのかな。
 椿は恋愛事に関しては奥手だ。まあ日常でも積極的な場面なんてそうそうないけれど。だから今まで、告白以外は自分からした事がない。手を握るのも、抱き締めるのも、キスするのも、全部俺から。理由としては単に恥ずかしいからっていうのと、俺からそうされる事が嬉しいかららしい。
 そういう訳で、椿が恥ずかしそうにしながらも俺に抱き着く所が見たくなった訳だ。


「ほら、膝座っていいから、思いっきり抱き締めて」
「いや、その体勢は何か……」


 ぶつぶつと文句を言った後、椿はようやく決心したようで、ため息をついて俺の膝に手を置いた。耳元で「俺が乗ったら、達海さん壊れちゃいそう」って笑われた。冗談じゃない、俺は確かに体格が良い訳ではないが、華奢な椿を膝に乗せて潰れる程やわじゃない。
 椿の言葉に少しむっとして口を尖らせていると、椿が一度俺から離れた。そうして、俺の尖った唇に椿の唇が触れた。押し当てるというより、掠ったくらいの些細な感覚。


「抱き着くのも良いけど、俺は達海さんとキスするのも、好きです」


 それだけ言うと、椿は俺の膝に乗って少しだけ体重をかけてから強く抱き着いた。慣れないのか、行き場のない手がぎこちなく俺の背中を行ったり来たりしている。
 ああ、なんかもう、色々と我慢出来ない。


「あーもう、だめ。たまんない」
「え、達海さ……んっ」


 俺は椿の首筋に軽く噛み付くいて、ぺろりと舐め上げた後音を立ててそこを吸い上げた。それに反応して、椿はびくりと身体を跳ねさせて甘い声を漏らした。
 どうしてこんなにも、俺は椿に煽られているんだろう。不意打ちでキスされたのもそうだけど、今日はなんか椿が俺を煽るような事ばかり言っているからだろうか。
 いい歳した大人ががっついてみっともないと笑われそうだけど、この際そんな事構いやしない。椿を虐めてから、泣きそうになったところでとことん甘やかしたい。
 相変わらず俺、意地悪な上に趣味が悪いらしい。


「えっ、そこ絶対見えますよね……」
「俺以外が椿に近付かない為の魔よけー」
「なんすかそれ……、ふっ、ぅ」


 少し顔をしかめた椿の口に食らい付く。苦しそうに口を少し開けた時を見逃さず舌を入れる。逃げる椿の舌に無理矢理自分の舌を絡めると、椿は俺の膝の上で逃げるように腰を引いた。さっきまで遠慮してたのか控えめに乗せられてた体重が、キスする事で力が抜けたようで椿の全体重が俺の膝に乗った。
 不意に舌で椿の上あご辺りを舐めると、椿がくぐもった声を上げて腰を揺らした。ああ、いい反応。俺の膝に乗ってるせいで思ったように動けないようだ。
 今どんな顔してんのかなって、薄目を開けて目の前の椿を見てみた。案の定固く目をつぶって頬を蒸気させている。満足した俺は椿から口を離した。


「ん……、はぁ、長いっスよ、もう……」
「俺とキスするの、好きなんでしょ?」


 少し涙目になっている椿にゆっくり囁くように言えば、椿はさっき自分が言った言葉を思い出したようで、耳まで赤く染めた。俺が一言言うだけでこんなにも振り回される椿が心底愛しい。
 素直にはい、とは言えないらしい椿は俺から目を逸らして、少し俯きがちに視線をうろうろさせている。やがて観念したように、椿は俺の胸元に顔を埋めた。俺の膝に対面して座ったままそんなに背中を丸めて辛くないのだろうか。
 多分顔を見られたくないのだろうと思って、俺はそのまま椿の背中をぽんぽんと軽く叩いた。


「そういや返事まだだったな。来てもいいよ、俺の家」
「……え、本当ですか」
「結構散らかしてるからあんまり来させたくはなかったんだけどねー」


 いつも椿のマンションに寄ってから帰宅する俺は、家に着く時にはいつも12時を回っている。椿と一緒に飯を食うから、家に帰れば風呂に入って寝るだけという状態。眠れない時はDVDに録画してあるサッカーの試合を見ているから、居間には無造作に詰まれたDVDの山なんかがいっぱいある。正直ベッド以外お世辞にも綺麗とは言い難い。
 椿の部屋は一人暮らしの男にしては割と綺麗な方なので、散らかっている俺の部屋に呼ぶのは少し抵抗があった。だって誰でも好きな奴にはいい所を見せたいものだ。
 でも椿なら許してくれるかな、と思って、この際全部見せてしまう事にした。


「ふふ、予想通り」
「椿くーん、それどういう意味?」
「達海さんって、ベッドの上で生活してそうだなって」
「まあ当たってるね」


 椿は胸元に埋めていた顔をこちらに向けて微笑んだ。何度見ても心臓が掴まれるようだ。俺はいつまで経ってもこの笑顔に翻弄される。
 キスとかそういうものは俺から仕掛けている筈なのに、少し気を抜けば椿に簡単に主導権を奪われそうだ。椿は基本無欲だけれど、男として相手を支配したい欲はちゃんと持っている。可愛いくせに、たまにそういう男らしい一面を見せられたら俺は全部椿に喰われてしまいそうだとさえ思う。それというのも結局、俺が椿に甘いからなんだろうけど。


「一緒に掃除しましょう、たまにはそういうのも、良いですよね」


 そう言ってまた笑った椿の額にキスを落として、俺も笑った。
 翻弄して翻弄されて。
 好きの底が見えないって、こういう事を言うんだろうな。







END


11.03.02 

もう話があっちこっち行ってすいません。
ただ新婚ほやほやみたいないちゃいちゃタツバキが書きたかっただけです^▽^
私も椿に「お帰りなさい」って言われたい……。
ちなみに達海の知り合い大学講師というのは後藤さんです。
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