語るべき愛は王様の隣で | ナノ
語るべき愛は王様の隣で




 今日も今日とて自主練習。
 冬の始めの季節、長袖のジャージを着て椿はグラウンドを駆け回る。動いていれば寒さは感じない。少しほてった身体に、冷たい冬の風が気持ちいい。
 ほんの少しプレッシャーをかけられただけでも動きが固くなってしまう椿にとって、自信を付ける為のイメージトレーニングは欠かせないものだった。最近は大分試合でも活躍出来ていると思うけれど、やっぱりまだミスの方が多くて、情けないなあと少し俯いた。
 何も考えずボールをこつんと蹴ってみる。当たり前だけれど、ボールは蹴ってしまえば自分の所には戻って来ない。気持ちを切り替えて「よし」と呟いた椿はボールを追いかける。しかし突然視界に入って来た人影に驚き、足を止めた。


「まだやってんの? 椿」
「た、達海さん」


 椿が追いかけていたボールは達海の足元で止められた。椿は顔を綻ばせて礼を言った。
 彼が嬉しそうにしているのは、達海に好意を抱いているからに他ならない。補足すると、椿と達海は異性ではないが、恋人同士である。そういう仲になってからは、試合や練習の時以外で、椿は達海を「監督」ではなく「達海さん」と呼ぶようになった。急に本名で呼ぶなんて、チームメイトに怪しまれやしないかと内心びくびくしていた椿だが、ジーノのように「タッツミー」という愛称で呼ぶ訳ではないので、特に変に思われる事はなかった。
 達海はボールを椿にパスして、芝生の上で胡座をかいた。いつもと同じく薄着の達海は、椿には少し寒そうに見えた。


「明日はオフっつっても、自主練はこのくらいにしとけ。体調管理は大事だぞ?」
「ウッス!」


 力強い返事を返した後、椿は散らばるボールを両手に持ち、一つはドリブルしながら運ぶ。後ろから達海のため息がやけに大きく聞こえた。
 ボールをしまい終えた椿はすぐに達海の元へ走った。


「あの、達海さん、さっきため息ついてましたけど……」


 どうかしたんですか? と心配そうに達海の顔を見ると、達海はいつものように口を尖らせた。それから「まあ、色々」と適当にごまかされたので椿は変に追求する事が出来ないでいた。
 けれどもそんな反応をされては椿としても困る。自分がまた何かやらかしたのではないか、と不安になって達海の元から離れる事が出来ない。しかし達海が話したくない事なら無理に聞き出す事はしたくない。
 そうやって椿がぐるぐる悩んでいる間も、依然として達海の口は尖ったままで、更に眉間に深く皺が出来ていた。いよいよ椿も不安になってきて静かに俯いた。
 すると達海は、痺れを切らしたように「だめだ」と呟いて立ち上がり椿の手を掴んだ。椿は目を丸くしている。


「だめ、だめ。椿ちょっと来て」
「……はい!?」


 ぐいぐいと手を引っ張られて、椿は引きずられるようにして歩く。何がなんだかわからなくて、とりあえず先を行く達海について行く。
 ふと椿は、掴まれた達海の手が冷たい、と温かい自分の手を重ねた。







「はあ、落ち着く」
「あの……、達海さん?」


 達海が椿の手を引いて連れて来た場所は、クラブハウス内の達海の部屋だった。
 何かされるのか、と部屋に入るなり緊張して黙り込んでいた椿だが、先程から座って椿を後ろから抱き締めて背中に頭を擦り付けている達海からは、そんな気配は微塵も感じられない。何度も「落ち着く」とため息混じりの呟きを漏らしては猫のように椿に擦り付く。
 すっかりリラックスしている達海は次の対戦相手の試合映像を見ながら何かメモを取りつつ、その間もぴったりと椿にくっついていた。
 一方の椿はずっと背中に達海の鼓動を感じていて、身体が熱くなって仕方がなかった。こんな風にくっつく事自体慣れていないというのに、達海の規則正しい心音が密着している事を示していてそれが嬉しくも恥ずかしかった。
 そんな椿の心情など全く知らない達海はメモとペンを床に置くと、強く椿を抱き締めた。椿の肩口に達海の額が当たる。


「俺、ずっとここに篭って試合見てたんだけど。なーんか人肌恋しくなっちゃってさあ」
「え?」
「もしかしてグラウンドに居るかも、って見に行ったらホントに居たから」


 連れて来ちまった。そう言って縋るように抱き締められれば、椿は何も言えなくなってしまった。達海は椿を捜していたというような口調だけれど、本当は誰でもよかったんじゃないかとか、そういう後ろ向きな考えが浮かんで少し落ち込んだ。もしあの時別の誰かがグラウンドに居て、同じように達海がここに連れて来ていたらと思うと、想像だけでその誰かに嫉妬してしまいそうだった。達海の隣は自分だけの場所なのに、と。
 達海はいつも好きだと言ってくれる。言わなくても態度で示してくれる。けれど椿はそうはいかない。ネガティブな思考や羞恥心が邪魔をする。本当は好きで好きでたまらない、この人に、椿は特別な感情を持て余している。


「達海、さん……。俺、達海さんが寂しいって言ったら飛んできます……、だから」
「椿、」
「俺以外の人に、こんな……事、しないで下さい」


 お願いします、達海さん。
 消え入りそうな声で言った椿の声はきっと達海には聞こえていないだろう。テレビから上がる歓声が、嫌に大きく聞こえた。
 呆れられたらどうしよう、と今更怖くなってきて、速くなる心音が達海に伝わらないようにと椿は達海と少し離れる為に申し訳程度にもぞもぞと動いた。しかし達海に強く抱き締められていてそれは叶わない。
 自分の不安を消し去る為に言った言葉は、結局椿のマイナス思考に拍車をかけるものでしかなかったのだと、彼は今更気付いて悲しくなった。


「……言い方悪かったな、ごめん椿」
「違います、俺が……だから」
「俺、椿とこうやってると落ち着くんだよね。癒されるし、リラックス出来る。でも誰でもいいって訳じゃなくて椿じゃないとだめ」


 我ながらクサイね、と照れ臭そうに笑った達海は、椿の頬に優しくキスをした。
 その行為と言葉があまりにもストレートで、椿は一気に顔が熱くなった。達海の言葉を頭の中で反芻してからやっと、椿は安堵のため息を漏らした。誰でもいい訳ではないのだと。自分じゃないとだめなのだと。
 ならば尚更、達海が椿を必要としている時は直ぐに彼の元に駆け付けようと決めた。
 椿が一人そう決心して、椿の肩口に顎を乗せた達海を見ると、彼はいつものように意地の悪い笑みを浮かべていた。


「でも意外だよなー。最悪のケース考えて、想像の中で嫉妬してた訳だ」
「え、嫉妬?」
「と言うより、独占欲かなー。にひ、俺愛されてる」
「いや、あの、その」


 確かに椿はこの場所を誰にも渡したくはないし、もし自分以外の誰かがここに居る事を想像すると目を背けたくもなる。そんな格好悪いところ、達海にはっきりと指摘されては、情けないなあ、とため息をはきたくなったけれど、達海が嬉しそうに「愛されてる」なんて言うのでつられて嬉しくなった。自分の想いがちゃんと伝わっている気がした。
 まさか自分が独占欲を抱く日が来ようとは思っていなくて、椿は自分がどれほど達海に惚れ込んでいるのかを身に染みて感じた。


「……俺、ずっと達海さんの隣に居たい。誰にも譲りたくない、です。達海さんは、違いますか?」


 椿は吃りながらもそう言って、不安からか、まるで叱られた犬のようにしゅんとしながらちらりと後ろの達海を見た。
 すると達海は椿の顔を少し後ろに向けさせて、啄むようにキスをしてから何度も頭を撫でた。驚きつつも、椿は達海の目を真っ直ぐに見つめて、無意識のうちに「達海さん」と小さく漏らした。まだ何も返事を聞いた訳ではないのに、達海からキスをされただけで泣きそうなくらい嬉しくて、力が抜けた。それに、温かいその掌が頭に触れるだけで椿はどうしようもなく落ち着くのだ。
 達海は静かに目を伏せると力強く椿を抱き締め、首筋にキスを落とした。


「あーもー、なんでそんな可愛い事言うかなあ。椿が嫌っつっても離してやれないかも」
「嫌なんて、言いませんよ、絶対」
「はは、わかってるよ。まあ、なんにせよ」


 椿がふと後ろにかくんと首を折り曲げると、達海と目が合った。少し驚いたような表情をしている彼を見て椿はふふ、と穏やかに笑った。それを見た達海もすぐに笑顔になる。


「ここは、椿だけの特等席だからな」


 想って想われて、誰にもここを譲りたくないという欲張りな心。ここに自分以外を当て嵌められる事への不安。
 拙いなりにも想いを伝えた彼の中にある、冷たさと温かさがないまぜになったこの感情が。


「大事に、します。達海さんの隣」


 おぼろげながらにも、「恋」と呼ばれるもの。







END


11.2.27 

椿が乙女なのにいちゃいちゃしてなくてすいませ……!
椿は無欲だけど独占欲くらいあればいいなあと。
達海は疲れたら人肌恋しくなってふらふらと椿を捜しに行きます。猫。
これでもタツバキと言い張る……。
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