バトルエイジ3 | ナノ
バトルエイジ3




「竹谷、お前強いな!」
「はは、ありがとうございます」


 小平太はやっと構えを解いて笑いながら八左ヱ門にそう言った。小平太が八左ヱ門よりも遥かに強い為嫌味にしか聞こえないが、小平太は嫌味を言うような性格ではないと知っているので、その言葉はありがたく貰っておく事にした。
 八左ヱ門は小平太に対して強い憧れや尊敬の念を抱いていた。並外れた体力や技術は勿論、彼の明るい性格――小平太の場合悪く言えば自己中心的だが――も見習うべき所だとさえ思っていた。
 八左ヱ門も明るくてしっかりしているのだが、それはあくまで人並み程度であった。忍として誰かを手にかけるのを躊躇う程には普通の性格だった。八左ヱ門が考えるにその性格は忍として重荷だ。実力だけがものを言う世界なのだ、より残忍で冷酷に徹した方が良いに決まっている。人並みに恐怖を抱く八左ヱ門には冷酷に徹する事は少し困難だ。
 ならば小平太はそのようになれるのか。それは八左ヱ門とてわからない。だが小平太なら誰にも見えない所で闇に紛れてどこかへ行ってしまいそうな気がしていた。生きる事に疲れて誰もいない場所で最期を迎えるのだろうと八左ヱ門は勝手に想像していた。


「では竹谷、そろそろ締めるぞ」


 小平太は拳を握り絞めて構える。八左ヱ門も同じく構えて覚悟を決めた。


「私が勝って、終わりだ」


 はい、と八左ヱ門が頷いた。もはや小平太に勝てる気など微塵もしていないのであった。
 八左ヱ門の一言と小平太が駆け出すのは果たしてどちらが早かっただろうか。自信に満ちた言葉を受けてなおまだこの戦いを終わらせたくないなどと思った自分がいる事に気付き八左ヱ門は少し驚いた。
 飛んできた小平太の拳をひらりとかわし、八左ヱ門も拳を飛ばす。頬に当たる風がほてった身体に心地良い。交差する拳同士を目で追う事が少し困難になり腹に直撃しそうな拳をかろうじて腕で受け止めた。瞬間痛みと衝撃が八左ヱ門の身体を駆け抜け思わず声を漏らした。受けた所は身体のほんの一部だというのに皮膚全体にびりびりと電流が流れたようだ。倒れる所をなんとか踏み止まったが顔を上げた途端目に入ったのは小平太の自信満々の笑みだけだった。
 それからはもう、何が起こったのか八左ヱ門には理解出来なかった。


「うっ……あ、あ」


 呻き声を上げて八左ヱ門はその場に膝から崩れ落ちた。一瞬何が起こったかわからなかったが腹に激痛が走っている事から小平太の拳が直撃したのだろうと悟った。


「八左ヱ門!」


 八左ヱ門が倒れるや否や兵助は一番に彼の元へ走った。当然だ、八左ヱ門を一番心配していたのも一番応援していたのも兵助なのだから。
 兵助が飛び出したのに釣られて、その他の五年生達も八左ヱ門の元に駆け寄る。六年生の面々はのんびりと歩きながら小平太の元へ向かう。八左ヱ門と違い擦り傷一つ追わなかった彼に「お疲れ」と声をかけていた。小平太はその声に軽く手を挙げて応えると再び八左ヱ門に視線を戻した。
 ――かつて小平太は敗北を味わった。圧倒的な敗北だった。しかしそれは当然の結果であった。相手は十も二十も歳の離れた教員だったからだ。まだ幼いながらも自尊心は人一倍強かったと思う。今少し大人になった小平太は昔の自分と目の前の八左ヱ門を重ね合わせた。
 出来れば彼はこちらの世界には引き込みたくない。ほんの一瞬だけ、そう思った。


「おい大丈夫か、八左ヱ門!」
「あ、兵助か……大丈夫大丈夫」
「ばか、やせ我慢なんてするなよ」
「……すっげえ痛い。折れてるんじゃないかってくらい」


 眉間に皺を寄せて睨む兵助の気力に圧されて八左ヱ門は観念したかのように本音を吐き出した。それを聞いた兵助は安心したかのように息をついて八左ヱ門の隣に座り込む。
 うつぶせに倒れていた八左ヱ門はゆっくりと寝返った。まだ痛みは残っているが立てない程ではなかった。だが八左ヱ門は立ち上がらず仰向けに寝転び「俺、負けたんだなあ」と至極今更な事を呟いた。兵助はその言葉に静かに頷いた。
 そうしてしばし二人がのんびりと時を過ごしていると、伊作が救急箱を持って駆け寄ってきた。別に血は出てないから救急箱はいらないんじゃ……と兵助がぼそりと呟いた途端、伊作は派手に救急箱の中身をぶちまけて転んだ。こんな時でもとことん不運な伊作である。これにはさすがに兵助と八左ヱ門、そして伊作本人も苦笑いするしかなかった。
 さて、忘れられているかもしれないがこれは五年生達が企画したバトルロワイヤルである。当然二回戦三回戦とある訳なのだが、予想以上に八左ヱ門が粘って試合が長引いた為、皆既に集中が切れてやる気をなくしていた。


「あーあ。結局七松先輩の圧勝か。八左ヱ門なら、勝算皆無だと言われている強敵にも一矢報いてくれると思ってたんだがなあ」


 このバトルロワイヤル発案者である三郎が天を仰いでつまらなそうに呟いた。彼の言う強敵とは無論小平太の事である。八左ヱ門はその言葉に笑えばいいのかよくわからなかった。
 そうしてようやく八左ヱ門は身体を起こす。兵助に支えられて立ち上がり、よろめきつつも悪戯っぽい笑顔で三郎に「期待に応えられなくて悪かったな」と言った。
 いざ戦ってみるとどれだけ差があるのかがよくわかった。でも楽しかった。不思議な感覚を持て余したまま彼は歩き始めた。


「竹谷、手加減出来なかったが、大丈夫か」
「あ、はい。結局伸びちゃいましたけど」


 八左ヱ門はそう言いながら自分の顔が緩んでいるのを感じた。小平太が手加減していなかったという事実が心底嬉しかったのである。対等であるという感じがした。
 実際、八左ヱ門自身小平太は化け物であるという気がしていた。むしろそのような噂は後を絶たない。嘘か真かわからない噂を背負って歩いているような気がしていて八左ヱ門はそれを珍しそうに眺めていた。
 けれども今、こんな事を思っては失礼なのだが八左ヱ門は「ああ先輩も人間なんだなあ」と心の中で一人納得した。
 小平太は八左ヱ門の肩を叩くと「楽しかったぞ!」と子供らしい笑顔で言った。八左ヱ門は驚きつつも軽く会釈をした。


「先輩、ありがとうございました!」


 八左ヱ門は大きな声でそう告げると今度は深く深く一礼した。
 楽しかった、怖かった。けれど得たものはとても大きかった。そして少しだけ、小平太の事がわかったのかもしれない。長かったような短かったような試合の中で、八左ヱ門は一瞬だけ現実から幻想に飛び込んだ冒険者のような気持ちになった。
 何がしたくて、何の為に生きているのか。


「俺、強くなります! いつか七松先輩を超えられるように!」


 八左ヱ門は小平太の背中に向かって叫び、もう一度深く一礼した。







「結局戦ったのは八左ヱ門だけじゃないか!」


 三郎と雷蔵共同の自室で、三郎は口を尖らせて怒鳴った。元々の発案者は三郎なのだから彼が怒るのも無理はないだろう。だが八左ヱ門に非はない。何故なら八左ヱ門が小平太に礼を言った後周りを見渡してみれば既に六年生はいなかった。というか、どさくさに紛れて逃げられた。


「三郎は誰と戦いたかったの?」


 宥めるような口調で雷蔵が問う。八左ヱ門は疲れたようにごろんと雷蔵の布団に寝そべった。三郎は八左ヱ門を一度睨んでから「うーん」と唸る。


「どうだろうなあ。勿論七松先輩とも戦いたかったし、食満先輩も捨て難い。でもやっぱり、潮江先輩だ。あの人は戦い甲斐がある」


 うんうんと一人で頷いて三郎は言った。
 今日呼び出した六年生は六人とも圧倒的な実力を持っている猛者なのだけれど、三郎は自分の技を出して相手がどんな動きをするのかを見たかった。だから頭脳戦に持ち込みたいと思って彼等と一戦交えるのを楽しみにしていた。
 そうすると相手は誰だという話になる。三郎が考えるに小平太は恐らく考えるより動くタイプである。今日ずっと見ていたがあれは何も考えていない者の動きだった。勿論考えなしで生きていける程この世界は甘くはないのだが、それを凌駕する程の経験と力を持っている者なら話は別である。つまり小平太の場合、次にどのような動きをすればよいのかは意識せずとも身体が覚えている。それは豊富な経験、そして無意識のうちに戦いを日常の枠に収めたからこそ可能な戦闘手段である。
 言ってしまえば、小平太には頭脳戦など通用しない。それでは試す意味がないのだ。
 ならば文次郎はどうなのか。彼は毎日厳しい鍛練を行い自分を律している。兵法を頭に叩き込み「忍者たるもの……」と毎日下級生に言い聞かせている。そんな少し押し付けがましい所を除けば彼はまさに忍者の鏡とも言える存在であろう。
 と、考えた所で三郎はふと思う。問題は頭脳戦に持ち込める相手かどうかではない。自分が楽しめるかどうか。実際の忍務であればそんな心の余裕は許されないが今は違う。存分に楽しまなければ損というものである。


「楽しみだったんだ。打ち負かすとまではいかなくてもさ、潮江先輩のちょっと驚いた顔が見られるかもしれなかったんだぞ」
「三郎の変装の術で? そこまで上手くいくもんか?」


 今まで黙っていた勘右ヱ門が興味深そうに尋ねた。三郎の術の完璧さは今まさに目の前で証明されている訳なので疑っている訳ではあるまい。だが相手が相手だ、不安にもなるだろう。文次郎は目の前で変装されて感心はしても怯みはしないだろうし。
 三郎は「まあそうかもな」と呑気に笑って自分の布団の上に寝転んだ。上手くいかなくともあの人と戦えば何かある、と確信している彼にとっては不安など何もないのだった。それくらい肝が座っていなくてはこの世界を生きてはいけない。
 しかし、と三郎は思う。誰かが戦っているのを見るのは好きだから今日はもう十分楽しめた気がした。
 三郎には幼い頃から無意識に相手を分析する癖が少なからず身についていた。だからこそ変装名人としての今があるのだろうが、いつかその変装や分析が自分の足を引っ張りやしないかと思っている。けれど結局「なるようになれ」と投げやりに考えるだけなのだった。


「とりあえず、私はあの人達を越える事を目標にするさ」







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