バトルエイジ | ナノ
バトルエイジ




 本日は休日。町に出かけるも良し、自室でくつろぐも良し。それぞれが自由に楽しく時間を過ごしている。しかし授業もなく暇を持て余している生徒達も勿論大勢居る。特に五、六年生は日頃から厳しい実習を行っている為、わざわざ疲れを増やしてまで出かけようとは思わない。したがって、自動的に彼等は高確率で学園内に残っているのだ。
 そしてその暇を持て余している五、六年生総勢十一名が今、中庭に集まっていた。


「第一回、チキチキ五年&六年最強の忍は誰だ決定戦ー!!」


 中庭に響く声の主は五年い組の豆腐小僧もとい、久々知兵助だ。何処から持って来たのか、室町時代には存在し得ないマイクを片手に握り締めている。その周りに集う五年生達は兵助のタイトルコールに対し「ドンドンパフパフー」などと随分と古い盛り上げ方をして彼をフォローしていた。
 しかし何の事かさっぱり解らない六年生の面々は五年生のやりとりをただ冷めた目で見つめる。「とりあえずこの状況を説明しろ」という彼等の心の声は、マイペースな五年生に届く訳もない。


「司会進行は平等に、一試合ごとに交代で行いたいと思いまーす」


 司会進行? 誰が、何を、何の為に。
 解らない事が多過ぎて、というか何処から突っ込めばいいのかが一番判らない。
 六年生が状況が解らず立ち尽くしている中、五年生はてきぱきと進行を始める。そしてまたもや何処から持って来たのか解らないホワイトボードをころころと転がして来た。その間も何故か五年生は「わーっ」と歓声を上げながら拍手を送っている。


「えー、ルールを説明します。……今から戦います」
「説明をはしょるなあああああっ!!」


 兵助の適当なルール説明に鋭い突っ込みを入れたのは、六年い組会計委員会委員長の潮江文次郎だ。びしいっと音が鳴りそうな程に兵助を指差している。他の六年生は突っ込み役を文次郎に任せたようで全く動こうとしない。
 ホワイトボードには大きくトーナメント表が書かれている。名前は五年六年関係なしだ。


「ルールは簡単。五年六年関係なしのバトルロワイヤル。一回戦を行いますので選手は前に出て来て下さい」


 基本的に真面目な兵助は、文次郎の突っ込みをスルーして進行を続ける。冷静に素早く指示を出した。兵助の声に反応し全員がトーナメント表に目を向ける。どうやらもう六年生達は、こうなればやるしかないと半ばやけになっているようだ。そして、一回戦で戦う選手が前に歩み出た。
 五年ろ組、竹谷八左ヱ門。
 六年ろ組、七松小平太。


「武器の使用は禁止、信じるのは己の肉体のみ! どちらかが地面に膝を付いた時点で決着! 学年を越えてのバトルロワイヤル第一回戦!」


 軽く肩や膝を解し、互いに噛み付くような目で見ている。最上級生と戦う緊張感からか八左ヱ門は額から一筋の汗を流した。
 兵助が叫ぶ。


「始めッ!!」


 声を聞くと同時に双方前へ踏み出した。重く素早い八左ヱ門の右拳が上段構えのまま小平太に向かう。長い髪を揺らしながら小平太は引き下がる事なく頭を少しずらして拳をかわす。耳元で一陣の風がひゅっと音をたてた。
 当たらなかったと知るや否や、八左ヱ門は下段に構えていた左拳を握り絞める。右を引くと同時に下から突き上げる。ここで僅かな隙が出来れば自分にも勝ち目はあると彼は考えた。
 しかし小平太は八左ヱ門が望む動きなどしてはくれない。八左ヱ門が拳を突き上げると小平太は一気に体重を下に移動させた。地面に張り付くくらい低く腰を落とし、それでも膝をつけないように注意を払っている。一学年違うだけでこんなにも思考が違ってくるのか。思った瞬間に小平太の拳がとんできた。荒々しい中に込められた重量感は八左ヱ門に直接届く事はなかったが、彼の髪を舞い上げて頬を掠める。素早い空気の流れだけで皮膚が壊れそうだ。もし喰らっていたらと思うとぞっとした。
 ここから八左ヱ門は防戦一方となる。地面に手をついたままの小平太が足払いし自動的に八左ヱ門が高く跳んで回避する。しかし当然空中では思い通りに身体が動かず、自分から攻撃を繰り出す事は出来ない。そんな時、待ってましたと言わんばかりに小平太の拳が次々にとんでくる。なんとか喰らわないようにと左右に避けるもののやはり限界がある。地に足がついた途端後方へと下がり、一旦体勢を整えた。
 しかし、驚くべきは小平太のその体力だ。あれだけ立て続けに、しかも攻撃しにくい体勢で拳を放ったにも関わらず全く息が上がっていない。汗を流す事もない。一方八左ヱ門は、始めの二撃以外は避ける事しかしていなかったのに額には汗が滲んでいる。


「体力に自信のある八左ヱ門でもやはり学園一の暴君には敵わないのか! 両者激しく拳を撃ち合いますが決定打と言うにはまだまだ程遠い! どうですか、解説の三郎選手!」


 激しい戦いを繰り広げる二人を余所に、マイクを握り絞めて熱弁する兵助。彼の熱さについていけない六年生の面々は、ただじっと戦う二人を見ていた。
 そんな中兵助の隣に立ち解説を始める変装名人、五年ろ組の鉢屋三郎。


「そうですねぇ。仲間としては勝敗は五分五分、と言ってやりたいところなんですが、今のところ難しそうですね」
「成る程……。では、八左ヱ門選手に一言エールを!」


 兵助が難無く実況をこなしている事から、彼の優秀さが伺えるのではないだろうか。どんな状況でも冷静に判断する事は、そう簡単に出来る事ではない。ただ、彼もどうやらこの状況を楽しんでいるようで、現ににこにこしながら実況している。
 しかし三郎は別の意味で楽しんでいる。先輩と遠慮なく戦える事なんてそう無いからだろう。それが表にも表れているようで、なんで解説が偉そうに語ってるんだ、なんて疑問の声が上がる。けれど三郎は気にせず、思い切り叫ぶ。


「ハチー! 今だ! 事故を装って潮江先輩に一発入れろー!」
「お前は俺に何の恨みがあるんだよ!?」


 さて、三郎達が騒いでいるが勿論二人の戦いは途切れる事なく続いている。
 開始直後はほぼ拳だけで戦っていた彼等も佳境になるといよいよ足も出てきた。八左ヱ門は右足を大きく振り上げ、それを目にも留まらぬ速さで掴み捻る小平太。しかし八左ヱ門もこれを予想出来ぬ程未熟ではない。捻られると悟った瞬間に身体を回転させ、その勢いを利用して拳を撃ち込んだ。小平太の気が削がれた僅かな揺らぎを八左ヱ門は見逃さず、掴まれた右足を無理矢理解放させた。
 そのまま右拳を撃ち込む。しかしまた避けられた。だがそれでいいのだ。誰もが初めから完璧に敵を狙い討つ事など出来はしない。だからこそ学園に居るのであり、この六年間で攻撃の仕方を覚えればいいのである。今はその仕上げの段階とも言える時期だ。六年生になる前に、なんとか一戦でも多く戦い、圧倒的な実力差を覆す方法を自分なりに導き出しておきたい。だから逃げも隠れもしない。攻撃を喰らう事よりも、今は中途半端に戦ってこの機会を逃してしまう事のほうが恐ろしかった。


「攻撃をかわすも、七松小平太その場から一歩も動きません! しかし必死に喰らいつく八左ヱ門! 実力差を覆す事は出来るのでしょうか!」


 八左ヱ門がまた拳を放つ。けれどまだ小平太は止まったまま。どの方向から攻撃を仕掛けても、受け止める事はなくただ避けるだけの行為を繰り返す。足は地面と一体化しているかのように、その場から決して動かない。何か目的があるのだろうか。いや、それともただの気まぐれなのだろうか。だとすれば小平太の感覚と八左ヱ門の感覚、一体どちらがおかしいのだろうか。しかし誰もその答えを導き出す術を持たなかった。
 小平太、以外。


「……ハチ、退けなくなってるんじゃないのか?」
「え、どうして」


 三郎の話は正しかった。今八左ヱ門は退けない状況にある。
 一旦退くにはどうしても跳ばなければならない。それはつまり、一瞬でも足を地面から離すという事。先刻も述べたように、空中では攻撃をかわす事が難しくなってくる。そこに僅かな隙が生まれ決定打を叩き込まれる危険性があるという事は、無論八左ヱ門も知っている。
 忍とは百分の一秒の中で戦う生き物。短い時間にどれだけ集中力を高められるかが問われる。この二人の場合、集中力が持続するのは八左ヱ門だ。しかし短い集中力の中で激しい攻撃を行えるのは、間違いなく小平太だろう。だからこそ八左ヱ門は退く事が出来ないでいる。相手が相手なだけに、たった一撃を甘んじてはならないのだ。しかし考えれば考える程に、最悪の結末が浮かんでならない。目の前に居るのが小平太ではないと感じてしまう。また目の前にとんできた拳。すれすれの距離でかわす。
 視界の端で、小平太の足が自分の脇腹に入った瞬間を、見た。


「がっ――!」


 まるでボールを蹴り飛ばすかのような足の動きだった。思い切り助走をつけた訳でもなく、はたまた飛び蹴りを繰り出した訳でもない。ただその場で、足を振っただけなのだ。それなのに何処から、こんな力が出るのか。
 身体から軋むような音がしたのは気のせいではないだろう。それを思った直後身体が宙に浮いた。そうなればもうどうする事も出来なくて、せめて着地だけでもしっかりしようと足を地面に着けようとした。しかし、駄目だった。足を伸ばした瞬間に身体に走る鋭い痛みが意思と動きを拒絶した。血は出ていないのにこんなにも痛い事があると言うのか。八左ヱ門は肋骨が折れている事を覚悟した。足を着く事が不可能になり、そのまま身体が地面に叩きつけられる。更に地面との摩擦を起こし、擦り傷が増えていくのを感じた。
 もう負けたと、八左ヱ門が諦めようとした、その時。


「何やってんだよ八左ヱ門! 血は出てないし肋骨も折れてない! 諦めるなんてらしくない事、俺が許さないからな!」


 声の主は兵助だ。実況している時よりも大きな声で叫ぶ。唖然としているのは八左ヱ門だけではない。兵助の隣に居る五年生達が目を剥いた。六年生はそんな彼等を横目で見やるだけだ。
 骨折はしていないと六年生達にははっきり判っていた。折れていれば立つ事はおろか、座る事も出来ず地面を這う事になる筈だ。それどころか呼吸も出来るか判らない。しかし今八左ヱ門は尻餅をついている。ひびが入っている事はあれど折れている事はまずないだろう。それに、いくら暴君と呼ばれる小平太でも、助走をつけずに肋骨を折る事など出来はしない。可能であっても今は力の使い所が違うと理解している筈だ。それが解っているからこそ六年生達は微動だにしない。
 しかしその理由が兵助にも判ったというのは妙だ。いくら来年最上級生になる彼でも、保健委員会でなければ理由など判りっこないのだ。
 五年生と六年生、一見一学年しか違わず実力も僅差だと見えるかもしれない。しかしそれは間違いだ。簡単に言えば、五年生と六年生では背負っている荷の重みが比べものにならないのだ。
 学園内において、六年生は教員達の次に強い。それぞれの特性を十分に活かす事が出来れば、教員とも張り合えるかもしれないという実力者揃いだ。そんな彼等は各委員会委員長という名目の下に下級生を護り、反面学園を護っている。だからこそ、教員達は各城からの依頼、つまりは生死を賭けた危険な忍務を彼等に任せる。そこで命を落とせばそれだけの事。一応は忍者のたまごとして扱われているものの、実は彼等はそういう「普通の忍」と同じ扱いを受けるのだ。
 危険な忍務を任されるが故に、血まみれで帰って来る事など日常茶飯事。勿論腕や足、肋骨が折れた経験もある。だから解る。何処がどのようになれば、身体の何処が機能しなくなるかを。







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