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隔絶プラシーボ


「堺さん身体かたいっすー!」
「うっせぇ!」

 時間通りにグラウンドに集まっても、そこに監督である達海が来るのはもう少し後だ。今日も例外ではなく、寝坊しているのかそれともまだ朝食を食べているのかは知らないが、集合時間になっても達海は来ない。
 いつもの事だ、とすっかり慣れきってしまった選手達は気まぐれにペアを組んでストレッチを始めた。それを、いつも若手と一緒にはしゃいでいる丹波が黙って見ていた。
 その目に映るのはフォワードの世良と堺。身長も年齢も性格も全然違う二人がペアを組んでストレッチしていた。前屈している堺の背中を押して笑っている世良は当然の事として、彼を怒鳴り付ける堺も、丹波の目にはどこか楽しげに見えた。
 タイプが違う二人があえてペアを組む理由が、同じフォワード同士だからという理由だけではないという事を、丹波は知っている。

(恋人同士、だもんなあ……)

 世良と堺は恋人同士。二人は付き合っている。
 これはETUの中でも数少ない者だけが知る、紛れも無い事実だった。
 初めて世良から打ち明けられた時は、男同士で付き合っているだなんてどんな冗談だとさすがの丹波も苦い顔をした。しかしこれが嘘ではないという事はすぐにわかった。何より世良の顔が真剣だったのと、男が男を好きになることはないと断言出来ない事を、丹波自身がよく知っていたからだ。

(仲良いねぇ、相変わらず)

 前屈している堺の背中に乗って体重をかけている世良がまるで子供のように見えた。堺は背中の世良を気にして文句を言いながらも身体を前に倒している。それをじっと見ている丹波はついに笑いが堪えきれなくなって、声を上げて笑った。
 そうして丹波は二人の所に駆け寄り、世良の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

「世良、お前堺におんぶして貰ってんのか?」
「そうっす!」
「ちげーよストレッチだ馬鹿!」

 世良が満面の笑みで頷くと堺が前屈したまま怒鳴る。堺がぎこちない前屈を繰り返しているからか、背中に乗っている世良がゆらゆら揺れている。それを見て丹波はまた笑った。
 世良に言えば怒られそうな事だが、丹波は世良が可愛くて仕方がなかった。勿論それは後輩として可愛いという意味であり特別な感情は何もない。
 可愛い後輩がこんなにも楽しそうにしていると、丹波まで楽しい気分になる。そういう性格だった。
 堺お前身体硬すぎ! と丹波が笑っていると、石神がその肩を叩いた。

「丹さん、ストレッチしましょー」
「あ、石神じゃん。いいぜー」
「あそこの二人は何ホモホモしてんすか?」

 脳天気に言う割に的を射た発言をする石神に思わず丹波は噴き出してしまった。大笑いしていると案の定堺に怒鳴られる。割と堺は地獄耳らしい。

「おい世良、もう上と下変われ」
「堺くん、夜の話は聞こえないようにした方がいいぜ!」
「うっせー丹波! そういう上下じゃねえよ!」

 丹波がそうやって堺をからかっていると、世良が目を見開いて冷や汗を流しながら「俺が上でもいいんすか……!?」と怯えながら言った為、丹波はまた笑いが止まらなくなった。世良は元々冗談を真に受ける性格だったが、ここまで来るともう天然なのか正真正銘の馬鹿なのかわからない。

「おいお前ら、練習始めんぞー」
「あれっ監督いつの間に!」
「はーい今行きまーす」

 世良は馬鹿だけど。うるさいけど。
 良い奴だ。可愛い後輩だ。嫌いになんてなれない。
 丹波がひそかに想っている堺が世良を想い、二人が両想いであっても。世良が羨ましいと思う事はあれど、憎む事など到底出来ない。
 何だかなあ、と聞こえないくらいの小さなため息をはいた丹波は、ぐしゃぐしゃと頭を掻いてチームメイトの元へ駆けて行った。

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